第4話「狼契約」
外へ飛び出した瞬間、膝から力が抜けた。
土の上に崩れ落ちて、しばらく呼吸もまともにできなかった。
「……っ、は……」
右の視界は真っ黒だ。
顔を触ると、生温い血の感触が指にまとわりつく。
指を離しても、そのぬるさだけがしばらく皮膚に残った。
うまく息が吸えない。
喉がひくついて、肺だけが空回りしている感じがした。
さっきまで、妙な高揚感があった。
世界が変わった、自分だけ先にその入口に立った、みたいな。そんな浮ついた感覚が、一撃で吹き飛んだ。
「死ぬとこだったな……」
笑えなかった。
あのナイトは、こっちを殺すつもりで振ってきた。ゲームでも何でもなく、本当に終わるところだった。
その事実だけが遅れて体に落ちてきて、指先が震える。
遅れて、足まで震えが下りてくる。
立とうとしても、膝の内側に力が入らない。
情けないと思うより先に、まだ斬られた瞬間の赤い光が頭の裏に残っていた。
だが、そこで終わりじゃなかった。
森の奥から、低い唸りが聞こえる。
視線を向けると、さっきのウルフが少し離れた場所に立っていた。
牙を剥いたまま、じっとこちらを見ている。
敵意は薄い。
ただ、完全に油断できる感じでもない。
その時、頭の中へ直接響くように文字が流れた。
【条件達成:スキル〈テイム〉が発動しました】
半透明の表示が浮かぶ。
・対象:ウルフ(骨好き)
・状態:警戒 → 興味(低)
・契約可能:はい/いいえ
「……マジか」
さっき命を助けられたこと自体が、すでに普通じゃない。
まだ正体もよく分かっていない。
敵じゃない保証も、本当はない。
それでも、こいつをここで逃がす方が嫌だった。
ここで見送ったら、次に会えるか分からない気がした。
次があるかどうかも分からないのに、この機会を逃したくなかった。
「……はい」
選ぶ。
【契約完了】
表示はそれだけだった。
ウルフは一度だけ鼻を鳴らし、それから踵を返して森の奥へ消えていった。
「……それで終わりかよ」
拍子抜けする。
でも、何かが引っかかった感覚だけは残った。
あいつが来なかったら死んでいた。
それだけで十分だった。
問題はここからだ。
恐怖はまだ抜けない。
右目の痛みもひどい。
血の匂いもまだ鼻の奥に残っている。
吐こうと思えばたぶんすぐ吐けた。
それでも、あの中に入らなければ何も始まらないことも分かってしまった。
「少しずつでいい」
立ち上がると、頭がくらつく。
視界は半分欠けたままだし、足も重い。
それでも家へ向かう。
このまま外で倒れているほうが危ない。
歩きながら、さっきのナイトの数字を思い出す。
どう見ても今の俺じゃ無理だ。
無理だからこそ、先に強くなるしかない。
怖いからやめる、で終われるならたぶん楽だった。
でも、一度あの門を見てしまったあとだと、それも違った。
「追いつくまで積むしかない」
山の中には誰もいない。
だから、その独り言は妙に真っ直ぐに残った。




