第五十八話 将軍ドルガ
旧採石場の入口には、砦の城門だけが地面から突き出していた。
周囲の石壁は途中までしかない。門の向こうに建物も見えない。それでも赤い角を重ねた扉の前へ、オークの盾兵が二列に並んでいる。
先に向かった中央進入班の輸送車は、門を抜けられず外周へ戻っていた。班員たちが車体の陰から盾兵を狙っている。
中央の旗は、左右の中継旗より倍近く高かった。
旗の前に、赤い鎧のオーガが立つ。
他のオーガより一回り大きい。片手に持った鉾は、刃だけで俺の胴ほどある。兜から伸びた二本の角にも赤い光が流れていた。
鑑定を向ける。
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名前:赤角将軍ドルガ
種族:オーガ
種族格:III
Lv:36
特性:指揮/重装/高膂力
接続構造:詳細不明。
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ドルガが鉾の石突きを地面へ打った。
三度。
左右の旗を失った魔物が、今度は城門へ集まり始める。全部が間に合うわけではない。それでも、近くに残っていた盾兵と狼騎兵が、ドルガの前へ隙間なく入った。
俺を倒すためというより、ドルガへ近づかせない陣だった。
中央進入班から通信が入る。
『大月さん、後方から撃てます』
「ドルガは撃たないでください。旗の仕組みが分かるまで、護衛だけを狙って」
通信を切り、俺は盾列の左へ走った。
オーク二体が同時に向きを変える。動きは速くない。ただ、片方を避ける場所へもう片方の盾がある。
水を足元へ流して一体を滑らせる。開いた隙間から入り、ドルガの左脇へ回った。
未来視に、鉾の横薙ぎが出る。
腰を落として避けるつもりだった。
ドルガは予測像より手前で柄を止め、そのまま石突きを地面へ突いた。
舗装が割れる。
跳ねた石が右頬へ当たり、視界が揺れた。
鉾が戻ってくる。
刀で受けた瞬間、両腕の骨まで震えた。刃を滑らせても力を逃がしきれず、靴底が地面を擦る。背中から城門脇の石柱へぶつかった。
息が抜ける。
正面から受ければ、次は腕が持たない。
ドルガが踏み込む前に、俺は石柱を蹴った。低く走り、鎧の脇腹へ天羽々斬を入れる。
刃が赤い金属を割った。
その傷から、細い赤線が中央旗へ伸びる。
同時に、前列のオークが三体、同じ脇腹を押さえて崩れた。
ドルガの傷は、入れた深さより浅い。
護衛へ流れた。
もう一度、今度は右腿を斬る。
赤線が旗を経由し、別の二体へ分かれた。倒れたのは護衛で、ドルガは片膝さえつかない。
損傷を護衛へ移している。
正確な割合は分からない。それでも、護衛が残る間に首へ致命傷を入れても、その大半を散らされる。
ドルガは減った前列を見て、また石突きを打った。
一度目。
遠くのゴブリンが向きを変える。
二度目。
城門脇の穴から、新しい盾兵が出てくる。
三度目より先に止める。
俺はドルガへ行かず、中央旗へ向きを変えた。
赤い旗核は、竿の根元に見えている。
だが、左右の中継旗とは違った。旗核から太い赤線がドルガの背中へつながり、盾兵の列がその間を埋めている。
ドルガも追ってきた。
鉾の刃が背後から道路を削る。
風圧だけで上着が裂け、左の肩甲骨に熱い線が走った。
前には盾兵、後ろにはドルガ。
地下のガルは、まだ戻らない。
俺は旗へ届く一歩手前で止まり、盾兵の向きと鉾の軌道を見直した。
この陣のまま旗だけを切ろうとすれば、先に身体が潰される。
前の盾兵が詰め、後ろからドルガの鉾が来る。
未来視に出たのは、横へ逃げた俺を鉾が追い、盾ごと壁へ潰す像だった。
横へは行かない。
俺は盾兵へ向かって一歩踏み込んだ。
正面の盾が上がる。隣の一体も重なり、赤い金属が視界を埋めた。
背後で風が鳴る。
刀を盾の縁へ掛け、土を足元から突き上げた。倒すほどではない。盾の角度がわずかに浮く。
その下へ身体を滑り込ませる。
ドルガの鉾が、俺の背中の上を通った。
刃は止まらず、前にいた盾兵二体をまとめて打つ。赤い盾が折れ、巨体が左右へ弾かれた。
開いた間に、中央旗が見えた。
ドルガが鉾を引き戻すより先に走る。
旗竿の根元。左右の中継旗より太い赤石へ、天羽々斬を振り下ろした。
一撃目で表面が割れる。
赤い光が腕へ逆流し、指が開きかけた。刀を離さず、割れ目へ刃先を差し込む。
足元の泥水を細く持ち上げ、亀裂の中へ通した。
もう一度斬る。
旗核が内側から砕けた。
三度目の音が、途中で途切れる。
ドルガの背から旗へ伸びていた太い赤線が切れた。盾兵へ分かれていた線も消え、周囲の魔物が同じ瞬間に違う方向を向く。
ドルガの脇腹と右腿には、浅くなっていた傷が残っている。
鑑定表示が更新された。
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赤角将軍ドルガ
指揮旗接続:停止
損傷転送:停止
弱点候補:頸部内側の心核
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首だった。
ドルガは旗を振り返らない。鉾を短く持ち替え、そのまま俺へ突っ込んでくる。
指揮を失っても、本人の力は落ちていない。
突きを避けた脇で石が砕ける。続く柄を刀で流すと、痺れていた両腕から力が抜けた。左肩の傷が開き、袖の内側を血が流れる。
ドルガの右手が鉾を離れた。
掴まれる未来が見える。
避ける先には石壁しかない。
地面の下で、何かが大きく割れた。
ドルガの足元にある排水格子が跳ねる。
泥まみれの黒い身体が、下から盾兵へぶつかった。
「ガル」
識別肩帯は片方の留め具が外れ、首の下へ垂れている。右の前脚に浅い切り傷があり、息も荒い。それでもガルは止まらず、倒れた盾兵の腕へ噛みついて、ドルガとの間から引きずり出した。
暗渠の奥から続いていた足音がない。
ガルが何を壊したのか、今は分からない。
ただ、戻ると決めて戻ってきた。
ドルガの視線が一瞬だけ下へ落ちる。
俺は右へ踏み込んだ。
鉾が横から来る。未来視より速い。身体を伏せても、刃の背が肩をかすめ、傷口が熱く裂けた。
それでも首の下へ入れた。
赤い鎧の襟と皮膚の間に、脈打つ硬いものがある。
一撃目は浅い。
ドルガが左腕を振り上げる。
ガルが傷のある右脚へ体当たりした。巨体の重心が、ほんの少しだけ傾く。
その時間で十分だった。
天羽々斬を返し、同じ傷へ二撃目を入れる。
頸部の奥で、硬い核が割れた。
ドルガの腕が止まる。
鉾が先に落ち、次に膝が石床へついた。赤い兜が傾き、重い身体が旗の残骸を踏み潰して倒れた。
城門の向こうで続いていた振動も、遅れて消える。
視界の端に通知が開いた。
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赤角将軍ドルガを討伐しました。
地上指揮系統の停止を確認しました。
地下繁殖核の停止を確認しました。
〈赤角砦〉
新規流出反応:停止
地上残存個体:あり
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ガルが地下で止めたものが、そこで初めて分かった。
獲得EXPと実績の続きが開きかける。
『立体駐車場、二階床が落ちました! 取り残しあり、人数不明!』
通信の声が重なった。
俺は通知を閉じた。
ドルガの死体も、順位も、その場に残す。
ガルの前脚を一度だけ見て、走れることを確かめた。
「行けるか」
ガルは荒い息のまま、駐車場の方へ先に向いた。




