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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない  作者: HATENA 
第四章 守れた街

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第五十七話 指揮旗

 避難車列の先頭が見えるより早く、ゴブリンが貨物線を越えた。


 全部で十二体いる。短剣を持つのが七体、弓が三体、残る二体は赤い火のついた瓶を抱えていた。その後ろには、盾を構えたオークが二体並んでいる。


 俺の背後には、横転したトラックと防衛班の車両がある。そのさらに後ろから、避難バスの白い灯りが近づいていた。


 火は使えない。


 風でまとめて倒せば、瓶も矢も車列へ飛ぶ。土で線路ごと持ち上げれば、バスが通れなくなる。


「射手だけお願いします」


 防衛班へ言い、俺は前へ出た。


 一体目の短剣を天羽々斬の鍔元で受ける。力を止めず、身体の横へ流した。骨ではない手首が返り、喉が空く。


 一閃で倒す。


 二体目は斬らず、足元の水だけを動かした。側溝から薄く引いた泥水が靴底を滑らせる。転んだ身体を踏み越え、火炎瓶を持つ個体の肩へ刀の峰を当てた。


 瓶が落ちる前に左手で受け取る。


 熱い。中の油が揺れ、布の火が手元へ近づく。


 水を瓶の口へ巻きつけて消し、横転トラックの下へ転がした。


 銃声が二つ重なった。


 後ろの弓兵が一体倒れる。もう一体は矢を放ったが、未来視に出た線は俺ではなく、バスの運転席へ伸びていた。


 届かせない。


 風を細く押し、矢の後端だけを横へずらす。矢はバスの前を外れ、道路標識へ刺さった。


「止めないで。そのまま通してください!」


 先頭の誘導員が旗を振る。


 バスは速度を落としたが、停まらなかった。窓の内側に、人の顔が並んでいる。座席へ座れず通路にしゃがんでいる子供も見えた。


 オークの一体が盾を前へ出し、車道へ踏み込む。


 正面から切れば時間がかかる。


 俺は盾へ刀を当てず、右足だけを土で沈めた。舗装を壊さない深さで靴底の下を抜く。巨体が傾いたところへ懐へ入り、脇の下から胸へ刃を通した。


 倒れる身体を風で道路の外へ押す。


 バスの左側面が、オークの足先をかすめて通った。


 二台目は小型救急車だった。赤灯の下で、車体が左右に揺れている。後部窓へ酸素ボンベの銀色が見えた。


 残った火炎瓶持ちが腕を振りかぶる。


 そこまでの間にゴブリンが四体いた。


 全部を斬る時間はない。


 地面へ水を走らせ、四体の足首を同時に濡らす。次に風を低く通した。身体ではなく膝だけを払う。四体が重なって倒れた上を飛び越え、瓶を持つ手首を切った。


 落ちた瓶を刀の腹で貨物線側へ弾く。


 油が線路の砂利へ広がり、火が上がった。


 車列とは反対側だった。


 三台目のバスが通る。続いて、荷台へ人を乗せた自治体車両。最後の救助車が踏切を抜けた時、誘導員が緑の灯りを大きく振った。


『車列通過。後続なし』


 背後で防衛班の銃声が続いた。俺が転ばせたゴブリンも、火炎瓶を失った二体も、銃声のたびに動かなくなる。車列が通った側に敵影は残っていない。


 背後の道路が空いた。


 俺は線路の向こうへ踏み込んだ。


 残ったゴブリン三体とオーク一体が、倉庫の開けた積載場へ下がっている。燃料設備は左へ六十メートル。右と奥は空のコンテナだけだった。


 ここなら使える。


 火は選ばなかった。すでに線路脇で油が燃えている。


 風を扇状に広げ、ゴブリンを空のコンテナ側へ押し込む。オークだけが盾を地面へ刺して残った。


 俺は真正面から走り、盾へ土をぶつけた。


 砕くためではない。地面へ刺さった盾の下を持ち上げ、両腕ごと上へ跳ねさせる。


 空いた胴を一度で斬った。


 風に押されたゴブリンは、起き上がる前に順番に止めた。


 第一波が動かなくなる。


 息を整えながら、暗渠の入口を見る。


 ガルは戻っていない。


 代わりに、貨物ヤードの奥で三度、低い音が鳴った。


 散っていた別の魔物たちが、同時に顔を上げる。


 倉庫の屋根の間を、赤い旗が移動していた。


 三度目の音が消える前に、魔物の動きが変わった。


 倉庫の陰へ逃げていたゴブリンが、俺のいる積載場へ戻ってくる。正面からではない。コンテナ列を回り、地上防衛班の薄い左側へ寄っていた。


 オークはその外側へ並ぶ。狼騎兵はさらに後ろを走り、ばらけた群れの足並みが数秒で揃った。


 さっきまで、あいつらは逃げていた。


 赤い旗が動くたび、別の個体まで同じ方向を向く。


「旗持ちを狙ってください」


 射手の銃口が上がった。


 一発目が旗を持つゴブリンの肩へ入る。倒れた手から旗が落ちた。


 群れの足が一瞬だけ乱れる。


 隣のゴブリンが旗を拾うと、また揃った。


 持っている個体を倒すだけでは終わらない。


 俺は鑑定を向けた。


――――――――――


〈赤角中継旗〉


種別:指揮補助具

接続先:詳細不明。


旗核が残る間、指揮信号を周辺個体へ中継する。


――――――――――


 布ではなく、旗竿の根元に赤い石が埋まっている。


「持ち手じゃない。竿の下の赤い石を壊してください」


『同じものを南側でも確認した』


 神崎の声が入る。


『こっちは用水路の向こうだ。盾が厚い』


「旗が合図を中継してます。持ち手が変わっても止まりません」


『根元の石だな。分かった。そっちは任せる』


 通信が切れる。


 俺たちは同じ場所へ集まらない。神崎は南の線を守りながら右の旗を止める。俺は貨物ヤードの左を担当する。


 赤旗まで四十メートル。


 間にオークが四体、ゴブリンが二十体近くいる。真っすぐ進めば、群れは俺から逃げて防衛班へ流れる。


 追わせるための動きではなかった。


 土を動かし、コンテナ列の隙間を低い壁で塞ぐ。高さは膝まで。人なら越えられるが、隊列を保った盾兵は横へ広がれない。


 右には防衛班の車両。左は無人の積載場。


 俺は左だけを空けた。


 旗がそちらへ向く。オークの盾列も、ゴブリンも同じ道へ集まった。


 そこへ風を通す。


 先頭を倒す強さではなく、後ろから押し込む。盾と身体が詰まり、旗持ちが列の最後で止まった。


 未来視に、矢と槍の線がいくつも出る。


 全部を避ける必要はない。


 左肩へ来る矢だけ刀で落とし、脇腹へ浅く入る槍は上着と防護材で受けた。痛みを残したまま、オークの盾へ足をかける。


 最初のオークの肩を蹴り、盾の縁へ足を掛ける。そこからゴブリンの背中を踏み、詰まった列の上へ出た。


 旗持ちが竿を倒そうとする。


 刃では布を狙わない。


 赤い石ごと、旗竿の根元を斬った。


 硬い手応えのあと、旗核が二つに割れる。


 周囲のゴブリンが同時に足を止めた。


 オークの盾列も、一体だけ前へ出て、残りは別方向を向く。揃っていた動きがほどけていく。


 防衛班の銃声が続いた。


 俺は旗の残骸を踏み越え、近い敵から止める。指揮を失った群れは強くなったわけではない。逃げる方向も、盾を向ける相手もばらばらだった。


 数分後、南から短い連絡が来た。


『右も割った。こっちの線は保ってる』


 左右の赤い旗が消える。


 それでも、三度の音は止まらなかった。


 今度は工業区より東、旧採石場の方角から地面が震えた。


 倉庫の屋根越しに、もっと大きな旗が上がる。


 その下を、赤い鎧を着たものが歩いていた。

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