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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない  作者: HATENA 
第四章 守れた街

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第五十六話 分かれる牙

 貨物線の踏切は上がったまま壊れていた。


 遮断機の根元から火花が散り、線路上には横転した小型トラックがある。その向こうを、ゴブリンの群れが倉庫側へ走っていった。


 俺は追わなかった。


 後ろの防衛班が射線を作るまで待ち、貨物線を越えようとしたオークだけを斬る。盾の上端を土で押し下げ、露出した首へ天羽々斬を通した。


 一体が倒れても、足音が途切れない。


 ガルは線路を見ず、道路脇の側溝へ鼻を寄せていた。


「下か」


 耳が前へ向く。


 側溝には泥水が流れている。格子蓋の奥は人の肩幅ほどしかなく、工業区の排水暗渠へ続いていた。泥の上に、小さな爪跡が何重にも残っている。


 また地面の下で音がした。


 一つではない。硬いものが管へ当たる音と、泥水を踏む足音が、少しずつ近づいてくる。


 防衛班の男が照明を向けた。


「地図では雨水管です。砦の外郭までつながってる可能性がある」


「塞げますか」


「ここを塞いでも、上流の排水口が六つあります。中で分かれてたら全部は止まりません」


 格子蓋の隙間から、赤い光が一度揺れた。


 ガルの喉が鳴る。


 俺が地上へ残れば、地下から来る増援は続く。俺が暗渠へ入れば、貨物線を越える群れを止める人間が足りなくなる。


 ガルなら通れる。


 そう考えた瞬間、腹の奥が冷えた。


 今の契約には、遠く離れたガルの位置を示す機能はない。見えているものも、痛みも、俺には返ってこない。中で道が分かれれば、どちらへ進んだかさえ分からなくなる。


「一緒には行けない」


 ガルは俺を見た。


「俺はここを守る。お前が下へ行けば、足音を止められるかもしれない」


 命令の形にしたくなかった。


 ガルの意思を都合よく読めるわけでもない。


「無理なら戻ってこい。止められなくてもいい」


 ガルは側溝へ鼻先を戻した。泥水の匂いを吸い、貨物線の向こうで集まり始めた敵を見る。


 それから、自分で格子蓋へ前脚をかけた。


 防衛班の二人が工具を差し込み、蓋を持ち上げる。ガルはすぐには入らず、暗渠から流れてくる空気を何度も確かめた。


 肩帯の留め具に指を掛ける。


「外すか」


 ガルは身体を引かなかった。


 緊急離脱式の帯は、どこかへ引っかかれば外れる。外で誰かに見られた時の識別を優先し、そのままにした。


 泥水の中へ前脚が入る。


 次に肩、胴が沈み、尾の先まで暗がりへ消えた。


 数秒後、地下で骨の折れる音がした。


 短い唸り声。水を激しく蹴る音。続けて何かが壁へぶつかる。


「援護を」


 防衛班の男が格子へ銃口を向けた。


「撃たないでください。中が見えない」


 俺は止めた。


 足音は暗渠の奥へ移っていく。ガルが追っているのか、追われているのかも分からない。


 格子蓋を完全には戻さず、人が片手で上げられる高さへ木片を噛ませた。ガルが戻る出口を塞がないためだった。


 その前に一人残す余裕はない。


 位置を記した警告灯だけを置き、俺は貨物線へ戻った。


『大月さん、北から避難車列が入ります。三分後です』


 通信の向こうで東條が言った。


 線路の先には、ゴブリンが十体以上。オークの盾も二つ見える。


 いつもなら、その横にガルがいた。


 今日は牙が二つの道へ分かれている。


 俺は地下を振り返らず、避難車列が来る道路の前へ立った。

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