第五十四話 避難路【別視点・鳴海千景】
鳴海千景がK-17工場の裏へ着いた時、搬入口のシャッターは半分だけ開いていた。
内側からフォークリフトが押しつけられている。人が通れる幅はあるが、担架は傾けなければ出せない。
「十一人で間違いありませんか」
隙間から出てきた男へ聞く。
「事務が四人、現場が七人です。一人、階段で足をやってます」
「歩けますか」
「肩を貸せば」
千景は十一と端末へ入れ、時刻をつけた。
午後八時十四分。K-17工場、全員生存。自力歩行十、一名補助必要。
自治体救助班の二人がシャッターを持ち上げている間に、西側の道を見た。
避難バスまで最短なら、工場北門から大通りへ出て七百メートル。地図上では一本の青い線で引ける。
だが北門の監視映像には、盾を持ったオークが二体いた。その先の大通りでは、道路中央に避難車両が一台止まり、ドアだけが開いている。
「北へ出れば、避難バスまで一本道です」
救助班の男が言った。
「オークは戦闘班が引きつけます。その間に走らせる」
「足を痛めた人がいる」
「担げます」
「北へ出た後の大通りが確認できてない」
昨日まで通れた道でもない。十分前まで通れた道でもない。
千景は北門を赤い使用停止に変えた。
「西へ回る。距離は一・四キロ。搬入口から資材置場を抜けて、生活道路へ出る」
「倍ですよ」
「途中に町工場が二棟と、交差点脇の診療所がある。どこも避難完了が出てない」
十一人だけを最短で運ぶなら、北だった。
けれど、その線は後から出てくる人を拾えない。
「道路幅は」
「一番狭いところで三・一メートル。小型救急車まで。倒れた電柱が一本あるけど、人は通れる。消防の報告は午後八時九分」
千景は報告者と時刻を表示したまま地図を渡した。
「私が先に見る。一人は十一人の誘導、もう一人は負傷者。未確認の角では、私より先に出ないで」
資材置場の出口に一本目の標杭を打つ。
青い線が工場の搬入口まで伸びた。
西の生活道路は、粉じんで街灯の光が濁っていた。足元には割れたガラスと、避難の途中で落ちた買い物袋がある。
千景は角へ着くたび、先へ走らなかった。
鏡で曲がり角の先を見て、魔物の影がないことを確かめる。側溝の蓋、電線、塀の傾き、人が通れる幅を一つずつ地図へ入れる。二本目の杭を倒れた電柱の手前へ、三本目を越えた先へ打った。
後ろから、十一人の靴音が遅れてついてくる。
最初の町工場は無人だった。入口に避難済みの紙が貼られている。千景は紙の日付と人数を端末へ撮り、確認済みに変えた。
二棟目のシャッターは閉じていた。
「誰かいますか」
返事はない。
通り過ぎようとした時、内側で金属が二度鳴った。
救助班がシャッター脇の扉を開ける。奥に、作業着の女と高校生くらいの男の子がいた。女は左手を布で巻き、少年は消火器を抱えている。
「避難車に乗れなくて。外に、あれが」
「ここから一緒に出ます」
十一が十三になった。
千景は避難列の人数を書き換え、K-17とは別に二人を追加した。最初から知っていたことにはしない。
診療所には、看護師一人と患者が三人残っていた。停電で電動ベッドが動かず、一人は自力で立てない。
最短路なら、ここは通らなかった。
救助班の男が端末で増援を呼ぶ。千景は診療所の入口へ四本目を打ち、避難バス側から来る小型救急車の線とつないだ。
「避難列の十三人は先に行ってください。診療所の四人は車へ」
「鳴海さんは?」
「最後尾を見る」
道を作っただけで、全員が通ったことにはならない。
千景は列の後ろへ戻り、十三人をもう一度数えた。足を痛めた男の歩幅が落ちるたび、先頭へ停止を送る。
午後八時三十一分、K-17の十一人を含む十三人が西側退避点へ到着した。診療所の四人も、小型救急車へ収容された。
地図の線へ、最終通過時刻を入れる。
確認済み。午後八時三十一分。徒歩十三人、搬送四人。
その表示を送った直後、貨物線側から銃声が連続した。
青い線の東端が、警戒色へ変わる。
千景は完成した線を見つめず、五本目の杭を持って立ち上がった。
まだ、別の工場から避難完了の報告が来ていなかった。




