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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない  作者: HATENA 
第四章 守れた街

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第五十三話 地上を選ぶ

 輸送車を降りたところで、靴の裏に細かな振動が伝わった。


 砦から響く音ではない。工業区の奥を走る重機と、一定の間隔で撃たれる対魔物銃の音が、舗装を通して重なっている。


 ガルが低く鼻を鳴らした。焦げた樹脂と油の匂いに混じって、魔物の匂いが流れてくる。正面だけではない。右手の倉庫列と、左奥の用水路側にもいる。


「大月さん、こちらです」


 反射帯をつけた職員に呼ばれ、道路脇の仮設テントへ入った。


 長机に紙の地図が広げられている。端末の表示は何度も更新された跡があり、赤い線が工業区の半分近くまで伸びていた。


「赤角砦の中央進入路は、現時点では通れます」


 職員が赤い石門から延びた太い線を指した。


「攻略班の輸送車が十分後に出ます。大月さんが加われば、中枢へ届く可能性は上がります」


「地上は」


 指が止まった。


「第二線を維持しています。ただ、南の用水路と貨物線側から回り込まれています。立体駐車場は一階の柱が折れ、上にまだ人がいる可能性があります。K-17工場の十一人は、事務棟から動けていません」


 地図の端に、小さく十一と書かれていた。


 中央へ入れば、流出を根から止められるかもしれない。


 ここへ残れば、もう外へ出た魔物を止められる。


 外から衝撃音がした。テントの幕が揺れ、その向こうで消防隊員が担架を運んでいく。片方の靴だけが、担架の端から見えた。


『在真さん、聞こえる?』


 耳元の通信機から千景の声がした。周囲の音が大きい。紙をめくる音と、誰かが人数を読み上げる声が混じっている。


「聞こえる。今、第二線」


『K-17の裏、搬入口から西の生活道路へ抜けられる。北門にはオークが二体。十一人を出すなら、遠回りでも西』


「千景はそこへ?」


『行く。救助班と一緒に。戦うのはそっち』


 言葉の最後だけ、少し強かった。


 自分の役割を、俺に決めさせる声ではなかった。


「分かった。西へ出たあと、貨物線側へ近づかないで」


『貨物線へ行くの』


 地図を見る。貨物線を越えられれば、群れは住宅地へ回れる。第二線の薄いところでもあった。


「俺は地上に残る」


 一度口にすると、中枢への太い線が、俺の行く道ではなくなった。


 テントの外で、大型輸送車のエンジンがかかった。中央進入班の人間が防具を抱え、開いた後部扉へ一人ずつ乗り込んでいる。今から走れば、俺もまだ間に合う距離だった。


 赤い石門の奥には、たぶん地上の群れを止める何かがある。そこへ最短で届く力も、今いる中では俺が一番高い。それでも机の地図から十一という数字は消えず、傾いた駐車場の灯りも、また一度だけ振られた。


 俺は輸送車のほうへ足を向けなかった。


 東條との回線を開く。


「中央には入らない。地上を守ります」


『理由を聞かせてください』


「中枢へ向かっている間に、十一人と駐車場の人間が死ぬ。貨物線を抜かれたら住宅地にも入る。今いる敵を先に止めます」


 数秒、向こうで別の声が重なった。


『了解しました。攻略班は予定どおり進入準備を継続。大月さんは工業区貨物線を担当してください。神崎隊は南側第二線を維持します』


 役割が地図へ書き込まれていく。


 千景と自治体救助班はK-17工場から西への避難路。神崎隊は南の用水路から第二線。消防は立体駐車場と負傷者搬送。警察は避難車列を市外へ流し、中央攻略班は砦へ入る。


 俺とガルは貨物線側だった。


 中央進入班を乗せた輸送車が先に走り出す。赤い尾灯がテントの幕を横切り、砦の方角へ小さくなった。任せたと言う相手の顔も知らない。それでも、あの車を追えば、今度は地上の線が一つ空く。


「ガル」


 呼ぶと、テントの外から鼻先だけが入ってきた。中へ入らず、俺が出てくるのを待っている。


 地図を閉じずに立ち上がった。


 職員が中央進入班用の識別札を外し、代わりに青い防衛帯を渡してくる。腕へ巻くと、汗で布がすぐに張りついた。


 外では、傾いた駐車場の上階から懐中電灯が二度振られた。


 そのさらに奥、貨物線の暗がりで、赤い旗が一瞬だけ立った。


 直後、ばらけていた魔物の声が、同じ方向へ動き始めた。


 ガルもそれを見ていた。


「行こう」


 中央を止める人間は、別にいる。


 俺は、まだ地上に残っている人間の方へ走った。

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