第五十三話 地上を選ぶ
輸送車を降りたところで、靴の裏に細かな振動が伝わった。
砦から響く音ではない。工業区の奥を走る重機と、一定の間隔で撃たれる対魔物銃の音が、舗装を通して重なっている。
ガルが低く鼻を鳴らした。焦げた樹脂と油の匂いに混じって、魔物の匂いが流れてくる。正面だけではない。右手の倉庫列と、左奥の用水路側にもいる。
「大月さん、こちらです」
反射帯をつけた職員に呼ばれ、道路脇の仮設テントへ入った。
長机に紙の地図が広げられている。端末の表示は何度も更新された跡があり、赤い線が工業区の半分近くまで伸びていた。
「赤角砦の中央進入路は、現時点では通れます」
職員が赤い石門から延びた太い線を指した。
「攻略班の輸送車が十分後に出ます。大月さんが加われば、中枢へ届く可能性は上がります」
「地上は」
指が止まった。
「第二線を維持しています。ただ、南の用水路と貨物線側から回り込まれています。立体駐車場は一階の柱が折れ、上にまだ人がいる可能性があります。K-17工場の十一人は、事務棟から動けていません」
地図の端に、小さく十一と書かれていた。
中央へ入れば、流出を根から止められるかもしれない。
ここへ残れば、もう外へ出た魔物を止められる。
外から衝撃音がした。テントの幕が揺れ、その向こうで消防隊員が担架を運んでいく。片方の靴だけが、担架の端から見えた。
『在真さん、聞こえる?』
耳元の通信機から千景の声がした。周囲の音が大きい。紙をめくる音と、誰かが人数を読み上げる声が混じっている。
「聞こえる。今、第二線」
『K-17の裏、搬入口から西の生活道路へ抜けられる。北門にはオークが二体。十一人を出すなら、遠回りでも西』
「千景はそこへ?」
『行く。救助班と一緒に。戦うのはそっち』
言葉の最後だけ、少し強かった。
自分の役割を、俺に決めさせる声ではなかった。
「分かった。西へ出たあと、貨物線側へ近づかないで」
『貨物線へ行くの』
地図を見る。貨物線を越えられれば、群れは住宅地へ回れる。第二線の薄いところでもあった。
「俺は地上に残る」
一度口にすると、中枢への太い線が、俺の行く道ではなくなった。
テントの外で、大型輸送車のエンジンがかかった。中央進入班の人間が防具を抱え、開いた後部扉へ一人ずつ乗り込んでいる。今から走れば、俺もまだ間に合う距離だった。
赤い石門の奥には、たぶん地上の群れを止める何かがある。そこへ最短で届く力も、今いる中では俺が一番高い。それでも机の地図から十一という数字は消えず、傾いた駐車場の灯りも、また一度だけ振られた。
俺は輸送車のほうへ足を向けなかった。
東條との回線を開く。
「中央には入らない。地上を守ります」
『理由を聞かせてください』
「中枢へ向かっている間に、十一人と駐車場の人間が死ぬ。貨物線を抜かれたら住宅地にも入る。今いる敵を先に止めます」
数秒、向こうで別の声が重なった。
『了解しました。攻略班は予定どおり進入準備を継続。大月さんは工業区貨物線を担当してください。神崎隊は南側第二線を維持します』
役割が地図へ書き込まれていく。
千景と自治体救助班はK-17工場から西への避難路。神崎隊は南の用水路から第二線。消防は立体駐車場と負傷者搬送。警察は避難車列を市外へ流し、中央攻略班は砦へ入る。
俺とガルは貨物線側だった。
中央進入班を乗せた輸送車が先に走り出す。赤い尾灯がテントの幕を横切り、砦の方角へ小さくなった。任せたと言う相手の顔も知らない。それでも、あの車を追えば、今度は地上の線が一つ空く。
「ガル」
呼ぶと、テントの外から鼻先だけが入ってきた。中へ入らず、俺が出てくるのを待っている。
地図を閉じずに立ち上がった。
職員が中央進入班用の識別札を外し、代わりに青い防衛帯を渡してくる。腕へ巻くと、汗で布がすぐに張りついた。
外では、傾いた駐車場の上階から懐中電灯が二度振られた。
そのさらに奥、貨物線の暗がりで、赤い旗が一瞬だけ立った。
直後、ばらけていた魔物の声が、同じ方向へ動き始めた。
ガルもそれを見ていた。
「行こう」
中央を止める人間は、別にいる。
俺は、まだ地上に残っている人間の方へ走った。




