第五十話 古い地図【別視点・鳴海千景】
六月十一日、鳴海千景は青梅の小迷宮地図を三人へ売った。
買ったのは井上、藤村、田代で、三人とも自治体訓練を終えていた。二人は発現Lv6、一人はLv7。防具や照明、二日分の水と救助信号を揃えているか、入口へ帰る予定を決めているか、一つずつ確認する。
「第二分岐は左です。右は落石で通れません。左を二百メートル進んだ先に休憩区画があります」
千景は地図の青線を指した。
「地図にない穴や通路が見えたら、入らずに戻ってください」
「左にあるのが、新しい穴かどうか分からなかったら?」
井上が聞いた。
「入口から距離を測って、第二分岐なら地図どおり左です。そこまでは昨日、別の確認者も通っています」
三人は地図と同じ経路を端末へ入れ、署名した。千景自身が最後に歩いたのは三日前で、前日には受付から依頼された独立確認者が同じ線を往復している。
販売時点で、地図は正しかった。
翌十二日の午前十一時四分、救助連絡が入った。
発信者は田代だった。
『井上が脚を切りました。歩けるけど、血が止まらない。第二分岐の先です』
「分岐は左へ入りましたか」
『地図どおり左です。でも、低い穴になってて。中へ入ったら、奥で道が二つに――』
声の向こうで石が擦れた。
「戦闘中ですか」
『今は違います。藤村が入口側を見てます。さっき、岩トカゲが三、いや四体』
「もう進まないで。照明は消さない。救助信号は五分ごと」
千景は立ち上がり、救助装備の一覧を開いた。
「井上さんの脚を心臓より高くして、止血材を足して。今から行きます」
通話を保ったまま、千景は販売画面を開いた。
青梅小迷宮。販売中。
停止を選ぶ。購入済み端末三件へ使用中止を送り、受付にも同じ通知を出した。
「最後の確認以降に更新が入っています」
受付へ電話すると、担当者は数秒黙った。
『こちらには更新警報がありません』
「警報がなくても、第二分岐の形が違います。今日の入域者は」
『その三名だけです』
「新規入域を止めてください。地図は販売停止済みです」
机に広げた販売用地図を見直す。
経路線だけでなく、落石や魔物の発見位置、水場、休憩区画まで、必要な情報は入れたつもりだった。
けれど、その地図がいつ確認されたものか、紙面にはない。購入者から現地の変化を返す欄もない。千景が確認した線と、独立確認者が通った線を区別する印もなかった。
正しかった地図が古くなった時、利用者には見分けられない。
千景は救助装備を背負い、八本の標杭を数えた。
入口には救助員が二人来ていた。近藤は盾と牽引具、松永は治療鞄と短槍を持っている。
「三人は装備も揃えてた。出発前の報告もして、地図どおりに入ってる」
千景は先にそれを伝えた。
「利用者違反にはしないでください。変わったのは、第二分岐のほうです」
「了解。鳴海さんが先導、近藤が中央、俺が後ろでいいですか」
松永が聞く。
「第一分岐までは。変化があれば、その場で並びを変えます」
午前十一時二十八分、三人で入域した。
第一分岐までは、販売地図と同じだった。右の落石、壁の黄色い筋、天井の低い区間。一本目と二本目の杭を打ち、田代の救助信号を端末へ重ねる。
第二分岐へ着いた時、千景は足を止めた。
左にあったはずの通路が、腰より低い穴になっている。
地図にない新しい穴ではない。
入口からの距離も、右側の落石も、壁の傷も一致していた。確認時には通れた左通路だけが縮み、その奥で別の方向へ曲がっている。
三人は、地図どおりにここへ入った。
千景は販売用の青線を端末で赤へ変えた。
「ここから先、未確認です」
三本目の杭を低い穴の手前へ打ち、自分から中へ入った。




