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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない  作者: HATENA 
第三章 割れた盾

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第四十九話 葬儀と空席

 鉄皮オーガを倒したあと、左肩が上がらなくなった。


 蒸気の中で鉄棒を避けた時、上着だけを削られたと思っていた。診療区で脱ぐと、肩から上腕へ紫色の痣が広がっていた。


「骨は折れていません」


 画像を見た医師が言った。


「打撲です。ただ、腫れが引くまでは刀を振らないでください。明後日、もう一度動きを見ます」


「持つだけなら」


「鞘ごと運ぶのと、振るのは別です」


 天羽々斬は布袋へ入れたまま、千景が持った。


 ガルは診療区の外で待っている。扉を出ると、俺の左側ではなく右側へ回った。肩の匂いを嗅いだのかもしれない。


 家へ戻っても、刀は壁際へ置いたままにした。


 湯を沸かし、冷凍していた米を温める。鍋を持ち上げる時に左肩が痛み、右手だけで流しへ運んだ。ガルの器へ肉を入れてから、自分の分を皿へ移す。


 食べ終わっても、入口施設から渡された収容記録は鞄の中に残っていた。


 平井岳。死亡確認。五月二十六日、十三時三十四分。遺体収容、五月三十日。


 討伐記録とは別の紙だった。


 三日後の六月二日、平井さんの葬儀があった。


 ガルは家に残した。自宅裏入口の所有者照合と侵入警報を確認し、昼までに戻る時刻を端末へ入れる。千景とは最寄り駅で合流した。


 会場は駅から歩いて十分ほどの小さな斎場だった。入口には平井さんの名前と開始時刻だけがあり、冒険者順位も、倒した魔物の数も書かれていない。


 受付で名前を書く。


 瀬尾さん、小宮さん、森川さんは、遺族席から少し離れた前列に並んでいた。三人の間に空席はない。椅子を一つ空けるような並び方にもしていなかった。


 焼香の順番が来る。


 遺影の平井さんは、盾を持っていなかった。薄い色のシャツを着て、片手に紙コップを持っている。どこかの休憩室で撮られた写真らしく、背後に飲料の自動販売機が半分だけ写っていた。


 俺は香を落とし、手を合わせた。


 倒したオーガのことを伝えるべきか考えた。


 言わなかった。


 それで平井さんが帰ってきたように聞こえる気がした。


 葬儀が終わって外へ出ると、森川さんが追いついた。


「肩、大丈夫ですか」


「骨は折れてません。今日までは振らないように言われました」


「そうですか」


 森川さんは治療者の顔で肩を見たあと、すぐ目を逸らした。


「平井さんの固定帯、あのままでした」


「はい」


「外れてなかったですか」


「外れてませんでした」


 森川さんは小さく頷いた。


 謝ることも、よかったと言うこともできなかった。


 午後、瀬尾隊の活動拠点へ寄った。


 訓練施設の端に借りている一室で、壁には四人分の装備棚が並んでいる。平井さんの棚だけが空ではなかった。予備の手袋、未開封のテーピング、金属臭のついたタオルが残っている。


 机の上には、活動休止届が三枚あった。


 休止理由の欄には同一隊員死亡と印字され、再開予定日の欄だけが空白になっていた。


「期限、書かなくても受理されるそうだ」


 瀬尾さんが言った。


「解散ではないんですか」


「今は、それも決めない」


 小宮さんは端末から鉄喰い坑道の地図を外付け記録へ移していた。公開用ではなく、事故調査へ渡す原本だ。移し終えるたびに一つずつ照合し、削除はしない。


 森川さんは四本あった飲料のうち、平井さんの棚の前に残っていた一本を手に取った。賞味期限を見て、冷蔵庫へ入れず、元の場所へ戻した。


「新しい人を入れる話は」


 そこまで聞いて、言葉を止めた。


 瀬尾さんは首を振る。


「してない。三人で続ける話もしてない」


「……分かりました」


 それ以上は聞かなかった。


 帰る前に、机の端へ置かれた休止届が風でめくれた。再開予定日の空欄を、小宮さんが手で押さえる。


 三人は、そこへ日付を書かなかった。

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