第四十九話 葬儀と空席
鉄皮オーガを倒したあと、左肩が上がらなくなった。
蒸気の中で鉄棒を避けた時、上着だけを削られたと思っていた。診療区で脱ぐと、肩から上腕へ紫色の痣が広がっていた。
「骨は折れていません」
画像を見た医師が言った。
「打撲です。ただ、腫れが引くまでは刀を振らないでください。明後日、もう一度動きを見ます」
「持つだけなら」
「鞘ごと運ぶのと、振るのは別です」
天羽々斬は布袋へ入れたまま、千景が持った。
ガルは診療区の外で待っている。扉を出ると、俺の左側ではなく右側へ回った。肩の匂いを嗅いだのかもしれない。
家へ戻っても、刀は壁際へ置いたままにした。
湯を沸かし、冷凍していた米を温める。鍋を持ち上げる時に左肩が痛み、右手だけで流しへ運んだ。ガルの器へ肉を入れてから、自分の分を皿へ移す。
食べ終わっても、入口施設から渡された収容記録は鞄の中に残っていた。
平井岳。死亡確認。五月二十六日、十三時三十四分。遺体収容、五月三十日。
討伐記録とは別の紙だった。
三日後の六月二日、平井さんの葬儀があった。
ガルは家に残した。自宅裏入口の所有者照合と侵入警報を確認し、昼までに戻る時刻を端末へ入れる。千景とは最寄り駅で合流した。
会場は駅から歩いて十分ほどの小さな斎場だった。入口には平井さんの名前と開始時刻だけがあり、冒険者順位も、倒した魔物の数も書かれていない。
受付で名前を書く。
瀬尾さん、小宮さん、森川さんは、遺族席から少し離れた前列に並んでいた。三人の間に空席はない。椅子を一つ空けるような並び方にもしていなかった。
焼香の順番が来る。
遺影の平井さんは、盾を持っていなかった。薄い色のシャツを着て、片手に紙コップを持っている。どこかの休憩室で撮られた写真らしく、背後に飲料の自動販売機が半分だけ写っていた。
俺は香を落とし、手を合わせた。
倒したオーガのことを伝えるべきか考えた。
言わなかった。
それで平井さんが帰ってきたように聞こえる気がした。
葬儀が終わって外へ出ると、森川さんが追いついた。
「肩、大丈夫ですか」
「骨は折れてません。今日までは振らないように言われました」
「そうですか」
森川さんは治療者の顔で肩を見たあと、すぐ目を逸らした。
「平井さんの固定帯、あのままでした」
「はい」
「外れてなかったですか」
「外れてませんでした」
森川さんは小さく頷いた。
謝ることも、よかったと言うこともできなかった。
午後、瀬尾隊の活動拠点へ寄った。
訓練施設の端に借りている一室で、壁には四人分の装備棚が並んでいる。平井さんの棚だけが空ではなかった。予備の手袋、未開封のテーピング、金属臭のついたタオルが残っている。
机の上には、活動休止届が三枚あった。
休止理由の欄には同一隊員死亡と印字され、再開予定日の欄だけが空白になっていた。
「期限、書かなくても受理されるそうだ」
瀬尾さんが言った。
「解散ではないんですか」
「今は、それも決めない」
小宮さんは端末から鉄喰い坑道の地図を外付け記録へ移していた。公開用ではなく、事故調査へ渡す原本だ。移し終えるたびに一つずつ照合し、削除はしない。
森川さんは四本あった飲料のうち、平井さんの棚の前に残っていた一本を手に取った。賞味期限を見て、冷蔵庫へ入れず、元の場所へ戻した。
「新しい人を入れる話は」
そこまで聞いて、言葉を止めた。
瀬尾さんは首を振る。
「してない。三人で続ける話もしてない」
「……分かりました」
それ以上は聞かなかった。
帰る前に、机の端へ置かれた休止届が風でめくれた。再開予定日の空欄を、小宮さんが手で押さえる。
三人は、そこへ日付を書かなかった。




