第四十七話 急熱と急冷
焼けた刀身へ水を流すと、白い蒸気が上がった。
全体を一度に冷やさない。刃先から鍔へ少しずつ水を滑らせ、赤みが消えたところで止める。急に冷やして刀まで割れたら、鉄皮を破る前に終わる。
鉄皮オーガが鉄棒を振り上げた。
右腕の装甲は、さっき切った跡がもう消えている。止めた二本の供給路ではなく、床下の中央線から赤い光が脚を上がっていた。
俺は炉の亀裂へ回り込む。
鉄棒が追ってくる。床へ落ちる直前に風を横から当て、先端をわずかに外した。石床が砕け、散った破片が頬へ当たる。
「熱鉱、次の脈動で出る」
千景が炉の外殻を見ていた。
亀裂の内側が明るくなる。
最初は風で熱鉱を持ち上げ、オーガの胸へ散らした。黒い鉄皮が赤くなったところへ、水を正面から浴びせる。
広すぎた。
蒸気が壁のように膨らみ、オーガの上半身が消える。未来視には鉄棒の軌道が浮かんでも、こちらがどこへ足を置けるのかまでは見えない。床へ落ちた熱鉱を踏めば、避けた先で足を焼く。
ガルが右から一度だけ吠えた。
音へ身体を投げる。白い蒸気を割って鉄棒が通り、左肩の上着を薄く削った。壁へ当たった先端が跳ね返り、今度はガルの頭上を抜ける。
俺は風を上へ逃がし、蒸気を天井近くへ散らした。
「全部冷やしたら、赤みが見えなくなる」
千景は外周へ退いたまま、濡れた鉄皮の色を見ていた。
「胸の赤みも、もう戻ってる。幅、絞れる?」
「刀を入れる分だけにする」
熱鉱を広げれば早いわけではなかった。冷やす場所も、斬る位置も同じ線へ重ねなければ、蒸気と熱だけが石室に残る。
俺は土で低い溝を作った。噴き出した熱鉱が床へ広がらず、オーガの左足へ向かうよう角度をつける。
赤い流れが足首を覆い、黒い鉄皮が軟らかくなって自重で少し沈む。
水を細く絞り、熱鉱がついた部分だけへ当てた。
蒸気が弾け、足首の鉄皮へ白い亀裂が何本も走った。
オーガが踏み出す。割れた層が剥がれ、歩幅が崩れた。
「入った」
刀を亀裂へ差し込むと、硬い表面を斬る時とは違って刃が内側へ沈んだ。オーガが吠え、鉄棒を短く持って振り戻す。俺は刀を抜いて離れた。
ガルが低く入り、割れた鉄皮の端を牙で引いた。
一枚が剥がれ、その下に赤黒い皮膚が見えた。
けれど、床下の中央線が脈打つ。液状の鉄が傷口の縁から滲み、新しい層を作り始めた。
「何秒?」
千景が端末を構えている。
「数える」
四秒で皮膚が隠れた。七秒で亀裂が半分埋まり、十秒になる前に刀の入った跡まで黒く閉じた。
方法は合っている。供給が残ったままでは、時間が足りない。
オーガがこちらへ来る。傷を負った左足は一歩目だけ遅れたが、二歩目には元の幅へ戻っていた。
俺は鉄棒を避け、今度は右肩へ熱鉱を流す。水を当てる位置を広げすぎず、刀幅より少し太い線だけを冷やした。
白い亀裂ができたところへ斬り込み、さっきより深く刃を入れた。
未来視に、オーガが肩ごとこちらへぶつかる像が見える。刃を残さず抜き、床を蹴った。身体が通り過ぎたあと、背後の炉壁へ肩が当たる。
外殻がまた揺れ、その一瞬だけ、普段はオーガの身体に隠れていた炉の裏側が見えた。
「千景、丸い板」
黒鉄の外殻の下、床に近い位置へ円形の板が嵌まっている。縁から三本の溝が伸び、右と左は暗い。中央の一本だけが赤く光っていた。
「制御部かもしれない」
千景は石室の外周を回り、正面から見えない位置を地図へ加えた。
俺がオーガを炉から離せば、あの板へ届く。
だが、鉄棒の範囲から外れた千景が近づくには、石室の右半分を横切らなければならない。ガルが一度唸り、中央の赤い溝へ鼻を向けた。
床下を通る供給管は、円形板の裏へ集まっている。
「次は炉を止める」
千景が頷き、最後の予備杭を円形板から離れた壁際へ打った。
逃げる道を残してから、俺は鉄皮オーガの正面へ戻った。




