第四十六話 鉄皮
右腕の太いオーガが、炉の前に立った。
肩から手首まで黒い鉱石が重なり、皮膚との境目が見えない。左腕と胸にも薄い鉄板のような層が広がっている。四日前に平井さんの盾を砕いた鉄棒は、石室の床へ先端を引きずっていた。
鑑定を向ける。
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名称:鉄皮オーガ
個体Lv:35
種族格:III
HP:極高
魔力:低
攻撃:高
防御:高
素早さ:低
器用さ:低
知力:低
感知:中
種族特性:再生鉄皮
鉱脈炉から鉱石供給を受け、外皮の損傷を補修する。
胸部に高密度反応。核候補。
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数値は出ない。それでも、正面から斬り続ける相手ではないことは分かった。
鉄皮オーガが鉄棒を持ち上げる。
「右へ!」
千景の声で、俺は炉の左へ走った。
鉄棒が横薙ぎに来る。風圧だけで上着が胸へ張りつき、床の鉄粉が線になって跳ねた。刀を当てれば、刃ごと壁へ運ばれる。
身を沈めて下を抜け、右脇腹へ一太刀を入れた。
刃が鉄皮へ食い込む。
切れたのは指二本分の深さだけだった。俺が離れた直後、床を走る中央の鉱脈が赤く光る。裂け目の内側へ液状の鉄が滲み、数秒で黒い層へ変わった。
傷が閉じる。
「三本とも動いてる」
千景は炉へ近づかず、壁沿いに供給線を追っていた。
右の鉱脈は、鉱車軌道の下を通っている。左は天井近くの落鉱シュートへ上がり、中央だけが床の下から直接オーガへ向かっていた。
鉄皮オーガが俺を追う。
遅い。だが、鉄棒が届く範囲は広く、石室の中央に立たれるだけで炉へ近づけない。
ガルが右から吠えた。
オーガの顔が向く。ガルは鉄棒が上がるまで待ち、鉱車軌道の上を走った。
「ガル、奥まで行くな」
返事の代わりに尾が一度だけ下がる。
鉄棒が縦に落ちた。
ガルは直前で軌道の外へ跳ぶ。鉄棒の先が二本のレールを叩き割り、その下に露出していた黒い鉱脈まで潰した。
赤い光が途切れる。
炉の右側で、鉱石を押し出す音が止まった。
「一つ!」
千景が左壁へ走る。
落鉱シュートには、錆びた鎖が垂れていた。先端を引けば上部の板が閉じる構造だが、千景一人では動かない。
俺が向かおうとした時、オーガが身体を入れた。
鉄棒の横振りを土壁で受ける。盛った土が一度で崩れ、肩へ石片が当たった。その間に、ガルが千景の横へ回る。
「ここを噛んで、こっちへ引いて」
千景が鎖の輪を指し、自分の牽引帯を掛けた。
ガルが輪を噛む。
二人が同時に後ろへ下がった。鎖が軋み、天井のシュート板が半分だけ動く。
オーガが振り返る。
俺は胸へ踏み込んだ。
未来視に、鉄棒の先がこちらの左肩を通る像が重なる。見えた軌道より半歩内側へ入り、太い右手首の鉄皮へ刀を滑らせた。
傷は浅い。それでも、オーガの注意が俺へ戻る。
「もう一度!」
千景とガルが引いた。
シュート板が閉じ、左の鉱脈が天井側で詰まる。押し上げられた鉱石が内部でぶつかり、鈍い音が連続したあと、赤い光が消えた。
二つ目が止まる。
オーガの手首に入れた傷が、前より遅く閉じた。
残っているのは中央の供給だけだ。
だが、中央は床の下にある。刀を突き立てれば切れるかもしれないが、炉を支える床ごと崩せば、石室も帰路も持たない。
鉄皮オーガが吠え、鉄棒を炉の横へ叩きつけた。
黒鉄の外殻へ亀裂が入る。
内側から、赤く溶けた鉱石が噴き出した。
オーガの左肩へかかる。鉄皮の表面が赤くなり、硬い層がわずかに沈んだ。
今なら通る。
俺は肩へ斬り込んだ。
さっきより深い。けれど、溶けた鉱石が刃の側面へまとわりつき、抜く時に腕ごと引かれた。風で剥がして下がると、刀身の一部が赤く焼けている。
熱だけでは、刃が先に駄目になる。
岩喰い虫を滑らせるのに使ったあとも、腰の水筒には水が残っていた。
赤い鉄皮。その下の胸部核。水。
俺は焼けた刀身を見て、次に炉の亀裂を見た。
熱してから、冷やせばいい。




