第四十五話 鉱脈炉
翌朝、平井さんの遺体位置に残した杭は消えていなかった。
青い光が隔壁の隙間まで伸び、回収布の端だけがガルの息で揺れる。俺は一度そこへ目を向けてから、奥へ続く足跡へ向き直った。
千景は入口側で使った杭を回収し、遺体位置の一本を残したまま経路を組み直した。使えるのは七本。六本目までで奥へ進み、最後の一本は帰路が変わった時のために持つ。
「昨日より、鉱石が増えてる」
千景が壁を照らした。
黒い筋の周囲から、拳ほどの鉱石がいくつも押し出されている。床へ落ちたものはまだ温かく、割れた面に赤い細線が走っていた。
ガルが匂いを嗅いだ直後、壁の奥で低い振動がした。
黒い筋が一度だけ膨らむ。
石壁が内側から押され、新しい鉱石が半分ほど顔を出した。
「掘られてるんじゃない」
「奥から送られてる。たぶん、一定の間隔で」
千景が端末の時刻を記録した。
刀で黒い筋ごと切れば、通路は開く。だが、どこまで続いているのか分からない鉱脈へ大きな割れ目を作れば、支保工の外から天井が落ちるかもしれない。
俺は突き出した鉱石だけを根元から落とした。
その裏に、丸い穴が開いている。
中で何かが動いた。
岩喰い虫が頭から這い出した。胴は俺の腿ほど太く、口の周りに短い歯が輪のように並んでいる。落ちた鉱石へ向かってくる途中で、ガルが横から首を押さえた。
俺は壁へ刃を入れず、露出した頭と胴の継ぎ目だけを切った。
一体が縮み、床で動かなくなる。
穴の奥には、もう一つ擦れる音があった。
「待つ?」
「出てくるなら、ここで一体ずつ」
水を穴の手前へ薄く流す。次の岩喰い虫が頭を出した時、濡れた鉱滓へ腹が滑った。ガルが離れ、俺は同じ位置を切る。
二体目を倒しても、穴そのものは広げなかった。
千景が最初に鉱石が押し出された時刻から秒を数える。次の振動は四十七秒後、その次は五十一秒後だった。完全に同じではないが、壁が膨らむ前には黒い筋の赤みが強くなる。
「合図には使える。光ってから、押し出されるまで六秒くらい」
俺たちは鉱脈が暗い間だけ細い場所を通り、赤くなれば支柱の内側で待った。急げば一度で抜けられる距離でも、ガルが鼻を上げるまでは次へ進まない。
落ちた鉱石の下には、岩喰い虫が通った細い溝が残っていた。壁から出たものを食べ、奥へ戻る。大型個体だけでなく、この坑道の魔物全体が同じ供給源へ寄っている。
黒い鉱脈は、さらに奥へ斜めに下っている。壁から押し出された鉱石と、大型個体の足跡が同じ方向へ続いていた。
四本目の杭を越えたところで、鉄棒を引く音がした。
ガルが低く伏せる。
出てきたのは事故の個体ではない。身体の小さい下位オーガが、折れた採掘棒を持っている。両腕は同じくらいの太さで、口元に黒い鉱石の粉はついていなかった。
オーガは通路の中央を塞ぎ、採掘棒を横へ振った。
刀で受けず、俺は一歩下がる。鉄棒が壁際の支柱へ近づいたところで土を盛り、先端だけを床へ食い込ませた。
止まった腕の内側へ入る。
一太刀目で手首を切り、二太刀目を首へ通した。
大きな身体が前へ倒れる前に、風で肩の向きを変える。支柱ではなく通路中央へ落とし、天井の粉が静まるまで動かなかった。
千景が倒れた身体の左右を測り、通れる幅を地図へ入れる。俺は採掘棒を持ち上げず、足で壁際へ寄せた。武器も死体も素材になるが、今ここで荷物を増やせば、帰路の細い隔壁を抜けにくくなる。
ガルは下位オーガの口元を嗅ぎ、すぐに奥へ鼻を向けた。食べていない個体の匂いと、平井さんを襲った個体の匂いは、同じ方向から来て別れている。
「前の個体は、ここで食べたのかな」
千景が、オーガの口と壁の鉱石を見比べる。
「たぶん。でも、これが食べてないなら、全部が勝手に強くなるわけじゃない」
大型個体は餌場を知っていたか、強くなるために選んで食べた。どちらにしても、供給を止めなければ別の個体が同じものを口にする。
六本目の杭を打つ前に、空気が変わった。
熱い。
額の汗が鉄粉を吸い、目の端へ黒い筋を作る。通路の天井には古い亀裂が三本あったが、赤く脈打つ鉱脈とは交わっていない。千景は崩落時に伏せられる窪みを二つ記録してから、六本目を曲がり角の手前へ打った。
曲がった坑道の先で、黒い鉱脈が三本に分かれている。左右の壁と床を走る筋が、円形の石室へ入っていた。
石室の中央には、胸の高さほどある炉がある。
火は見えない。厚い黒鉄の外殻が脈打つたび、三本の鉱脈へ赤い光が流れ、遠くの壁で石が押し出される音がした。
その向こうで、大きな影が立ち上がる。
右腕だけが異様に太い。
事故の時より、さらに黒い鉱石をまとっていた。




