第四十話 前と同じ手順【別視点・瀬尾航平】
分岐を北へ曲がったところで、瀬尾航平は一度止まった。
「十四時に分岐へ戻る」
「その時間、南東軌道組はまだ戻ってこない」
小宮佐知が続ける。
「連絡がつかなくても、捜しに行かない」
平井岳、森川藍の順に復唱した。
南東軌道組は十六時に前進を止める。互いの予定がずれているのは、北側坑の許可範囲が短いからだった。
瀬尾は三人の顔を見て、最後に自分でも「戻る」と言った。
北側坑には白い歩行線が残っている。
最初の天井亀裂は記録の位置にあり、広がっていない。隔壁の切替レバーにも白い封印札がつき、最奥の青札までは二日前の下見どおりだった。
小宮が先頭で床を探り、平井が盾を構える。瀬尾は槍を右へ向け、森川が最後尾で全員の歩き方を見た。
翠牙洞で帰れた時と同じ順だった。
鉱石スライムは、白線の横にある鉱滓溜まりから出た。
「足元」
小宮の声で平井が止まる。
瀬尾は用意していた水を接合面へ流した。小宮が細い棒で塊を靴から浮かせ、分かれた核を瀬尾の槍で突く。
誰の装備も重くならなかった。
坑道コボルト四体は、二体がつるはし、二体が鉱石入りの手押し車を使った。
平井は手押し車を正面で止めず、盾の縁を斜めに当てて壁側へ流した。車輪がレールを外れ、後ろの二体が詰まる。
小宮が右の一体へ短刀を入れる。瀬尾は平井の肩越しに槍を突き、手押し車の後ろへいた一体を倒した。
残り二体が隔壁のレバーへ走る。
森川が叫ぶ前に、小宮が一体の足へ確認棒を絡めた。瀬尾がもう一体へ槍を投げず、間を詰めて柄で手を払う。
隔壁は動かなかった。
四体を倒したあと、森川が全員の手と足を見た。
「負傷なし。平井さん、盾」
「新しい傷なし」
平井は盾を裏返し、表板の縁と固定ボルトを順に指で押した。
瀬尾も左下を叩く。
少しだけ音が違う。
昨日の点検でも聞いた音だった。樹脂を入れ直した境界。工房の荷重試験を二回通り、自分たちでも三度確認した場所だ。
「変化なし」
瀬尾は記録へそう書いた。
最奥の青札へ着いたのは、午後零時五十八分だった。
地図に描かれた白線も、天井も隔壁も、すべて記録と合っている。
先へは行かなかった。
水を飲み、十一分休んでから帰路へ入る。先頭は小宮、次が平井、森川、瀬尾。敵が後ろから来た時だけ、瀬尾が槍で止める隊形に変えた。
午後一時二十一分。
遠くで、石を噛み砕く音がした。
記録にはない音だった。
「止まって」
小宮が片手を上げる。
白線の先、低い天井の陰から、大きな身体が出てきた。
オーガだった。
右腕と肩に黒い鉱石が張りつき、口の端にも砕けた石が残っている。昨日、主坑で報告された個体より少し小さい。だが、北側坑の記録にはいない。
「撤退」
瀬尾は即座に言った。
三人の返事が重なる。
オーガが鉄棒を横へ振った。
天井が低く、頭上まで振り上げられない。横から来る一撃なら、正面で受けず流す。翠牙洞の石斧で平井がしたことと同じだった。
平井が半歩前へ出て、盾を斜めにする。
鉄棒が表板へ当たった。
音が、腹へ響いた。
平井の靴が泥を滑る。それでも盾は腕から外れず、鉄棒の先は壁へ流れた。
「戻るぞ」
「大丈夫。持てる」
平井が先に出口側へ向きを変えた。
走り出す前に、瀬尾は盾の裏を見た。
左下の内側に、白い線がある。
樹脂の境界から斜めへ、指二本分だけ伸びていた。
「亀裂」
「浅い」
平井が答える。
瀬尾も指で触れた。表板は浮いていない。固定ボルトも抜けていない。今の一撃は受け流せた。亀裂はあるが、この場で盾が二つに割れる状態には見えなかった。
もう一度受けさせるつもりはなかった。
「平井が前。小宮が道を見る。森川はその後ろ。俺が最後につく」
「了解」
四人は隊形を替えた。
平井を出口側へ先に出し、瀬尾は槍をオーガへ向けたまま下がる。
オーガは追ってきた。
右腕の鉱石を坑壁へ擦り、さらに黒い塊をまといながら。
角を曲がったところで、背後の足音が止まった。石を砕く音がして、黒い粉が坑道へ噴き出す。瀬尾が振り向いた時には、オーガの姿は粉の向こうに隠れていた。




