第三十七話 鉄喰い坑道
秩父まで、車と現地の作業道で三時間近くかかった。
山腹に開いた坑口の前には、古い鉱山施設がそのまま残っている。選鉱機は錆び、外されたレールの脇では、排水溝が鉄粉で黒く染まっていた。その奥に、空気の揺らぐ境目がある。
防塵マスクをつけても、鉄の匂いがする。
受付横の点検台では、瀬尾たち四人が装備を並べていた。
平井の盾は、翠牙洞で木針を受けた表板が交換されている。縁には新しい樹脂が入り、持ち手の革も巻き直されていた。
「先日は、どうも」
瀬尾が俺へ頭を下げた。
翠牙洞では、入口ですれ違っただけだった。小宮がガルを見たあと、千景の持つ杭へ視線を移す。森川は盾の裏側をもう一度触っていた。
「今日は主坑ですか」
「まだ決めてない」
「俺たちは北側の既知坑です。二日前に下見が通ってる所だけ」
同じ入口へ入っても、同じ道を選ぶとは限らない。
千景は受付の地図と自分の記録を重ね、主坑の最初の分岐まで同行すると決めた。その先は粉塵、落石、杭を打てる床を見てから判断する。
境目を越えると、熱気がマスクの内側へこもった。
坑道は翠牙洞より人工物が多い。斜めに下る軌道、壁へ埋まった切替レバー、天井を支える坑木。けれどレールの幅は途中で変わり、鉱車が誰も触れていないのに奥へ動いていた。
鉄粉が頭灯の光へ浮かぶ。
「長くいるなら、フィルターを替えて」
千景はマスクの横を押さえた。
「八時間用を二枚持ってる」
「時間が残っていても、詰まったら替えて」
足元で、石が動いた。
黒い鉱石の塊に見えたものが、登山靴へ張りつく。右足だけが急に重くなり、床へ引かれた。
鑑定を向ける。
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名称:鉱石スライム
Lv:18
種族格:I
主要特性:鉱質同化/荷重付与
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天羽々斬で表面を切っても、黒い塊が二つに分かれただけだった。切れた側がまた靴へ広がり、重さが増す。
ガルが噛もうとした。
「待て」
牙につけば、口を重くされる。
腰の水筒を外し、スライムと靴の境目へ水を流した。四属性操作で、水を接合面の細い隙間へ押し込む。
黒い塊が剥がれ、砂のような鉱滓と、親指ほどの透明な核へ分かれた。
核だけを刀の先で割る。
靴は軽くなったが、底へ黒い鉱滓が残った。手で落とそうとしても、薄い膜になって張りついている。
「帰ったら靴底も見よう。少し溶けてる」
千景が言った。
新しく買ったばかりだった。
先へ進むと、今度は鉱車が動いた。
中には石ではなく、つるはしを持った小柄な魔物が三体乗っている。
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名称:坑道コボルト
Lv:20
種族格:I
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一体が壁のレバーへつるはしを引っかける。
隔壁が下り、俺と千景の間を分けようとした。
閉じる前に刀を差し込めば止められる。そう思ったが、千景が杭を隔壁の手前へ打ち、先にこちら側へ戻った。
隔壁が完全に落ちる。
「切らないのか」
「上で何を支えてるか分からない」
ガルが壁際の狭い隙間を嗅ぎ、別のレバーを見つけた。水を少し流すと鉄粉が落ち、固着していた軸が見える。
俺が軸を押し、千景が最初のレバーを戻した。
隔壁が上がる。
コボルト三体は、鉱車ごと逃げようとしていた。
ガルが先頭へ回ろうとしたが、軌道と壁の間が狭い。全速を出せず、爪が鉄片を弾く。
俺は鉱車の横へ走り、車輪を切らず、乗っている三体だけを順に落とした。二体は首を切り、一体はつるはしを受け流して胸を突く。
無人になった鉱車は傾斜を下り、その先の暗がりへ消えた。
大きな衝突音が返ってくる。
その音に応えるように、奥の坑木が揺れた。
鉄棒を引きずる個体が出てくる。
頭が天井近くまであり、肩が通路幅の半分を塞いでいた。
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名称:下位オーガ
Lv:29
種族格:II
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鉄棒が横へ振られる。
未来視で先に見えても、後ろへ跳べば千景と杭へ当たる。俺は前へ入り、鉄棒の根元が通る位置まで距離を詰めた。
風圧だけで肩が押される。
オーガが振り切った直後、膝裏へ天羽々斬を入れた。
浅い。
黒鎧騎士の装甲ほどではないが、筋肉と皮が厚く、片脚を落とすところまで届かなかった。
オーガが振り向く。
ガルは背後へ回ろうとしたが、軌道の枕木と崩れた石で速度を出せない。
二撃目の鉄棒を避けると、先端が坑木へ当たった。
一本が折れる。
天井から砂と小石が落ちた。
俺は傷の入った膝をもう一度狙った。刃が入る直前、未来視にオーガが前へ倒れる像が出る。
その先で、床と天井が一緒に崩れていた。
倒せる。
ここで倒せば、この坑道も潰れる。
「戻る」
刀を引いた。
千景は理由を聞かず、杭を抜いて入口側へ走る。ガルが最後までオーガへ顔を向け、追ってきた時だけ吠えて足を止めた。
オーガは傷ついた脚で二歩進み、崩れかけた坑木の前で止まった。追撃は来なかった。
境目を出たあと、ガルが右の前脚を地面へつけなくなった。
肉球の間に、細い鉄片が刺さっている。
俺の靴底にも鉱滓が固まり、踵が少し高くなっていた。
討伐した魔物の素材より先に、交換する物の数が増えていた。




