↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない  作者: HATENA 
第二章 帰れる道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/97

第三十六話 世界一と言う

 五月十四日、家を出てから大学の正門まで一時間十一分かかった。


 大学へ電車で向かうのは、地震のあと初めてだった。


 改札へ交通系カードを当てる。身体が前へ進む速さと扉の開く速さが合わず、腰が閉じかけた板へ当たった。


 後ろの人が少し離れる。


 俺は振り返らず、通路の端へ寄った。


 大学には、オンライン画面で見た人数より多くの学生がいた。休講になった棟と、立入禁止の渡り廊下を避ける矢印が地面へ貼られ、教室の入口では学生証を読み取らせる。


 扉の取っ手を引く時も、力を抜く必要があった。


「大月?」


 教室の後ろから呼ばれた。


 三枝悠斗は、オンライン説明の時と同じ灰色のパーカーを着ていた。画面越しより細く見える。手を上げたあと、俺の右手の保護材に気づき、握手はしなかった。


「初めまして、で合ってるよな」


「合ってる」


「リンク、昨日から切れてる。共同課題の二件目」


 順位のことではなかった。


 二人で端末を開く。共有フォルダの閲覧権限が、対面授業への切り替えで外れていた。三枝が再送したリンクを俺が開き、引用元と図の番号を直す。


 キーボードは家の物より浅かった。


 一つ押したつもりで、同じ文字が三つ入る。消そうとして別のキーへ触れ、行ごと選択された。


 三枝が横から手を出しかけ、やめた。


「俺がやる?」


「いや。慣れる」


 指先を浮かせ、押し込まずに触る。三度目で一文字だけ入った。


 情報倫理の講義では、避難者名簿とダンジョン入域記録の扱いが例に出た。安全確認に必要な情報と、一般公開してはいけない住所や負傷記録を分ける話だった。


 俺の公開順位には名前がある。


 大学の座席や、今使っている端末の番号まではない。


 講義のあと、初年次演習で紙の提出用紙へ記入した。シャープペンシルの芯を二度折り、三本目からは持つ位置を後ろへずらす。


 昼休みに紙コップを掴むと、側面が少し凹んだ。


 水はこぼれなかった。


「それ、能力のせい?」


 三枝が聞いた。


「多分」


「便利そうで、全部便利ではないんだな」


 俺は凹んだ紙コップを机へ置いた。


「戦う時は便利だ」


「課題の提出には?」


「関係ない」


「じゃあ今日の十七時までな」


 共同課題は、その日の午後四時四十二分に提出した。


 帰りの改札では、扉へ当たらなかった。


 それから十日、週三日分の授業へ通いながら、次の攻略資料を読んだ。


 五月二十四日の夜、千景が自宅へ来た。


 机の上には、秩父の旧鉱山と重なった〈鉄喰い坑道〉の地図が広がっている。千景は玄関で泥を落とし、ガルが嗅ぎ終わるまで道具袋を床へ置いたまま待った。


「主坑の入口と、最初の側坑までは二度歩いた」


 地図の黒い線を指でなぞる。


「その先は、鉱車が動くたびに地形表示が変わる。岩そのものじゃなくて、隔壁と軌道が切り替わるみたい」


 写真には、傾いたレールと鉄粉で黒くなった壁が写っていた。


 確認されているのは、鉱石を取り込むスライム、つるはしを持ったコボルト、岩喰い虫。奥にはオーガらしい足跡があり、荷重で崩れた床と落石も残っている。


「粉塵が多いから、これは必要」


 千景が未開封の防塵マスクを机へ置いた。


「明日買うつもりだった」


「規格は決めてた?」


「そこまでは」


「じゃあ、これは試着用」


 千景はマスクの袋を地図の上からよけた。


「明日は入口と主坑の初期区間を見るつもり。その先は当日決めるけど、落石と粉塵で地図作業どころじゃなければ戻るよ」


 俺は頷き、千景がなぞった経路を入口から追った。


 鍋の湯が鳴った。


 地図を端へ寄せ、うどんを二つの器へ分ける。ガルには味をつける前の肉と、別に用意した餌を出した。


 千景は短槍を壁際へ置いたまま、食卓へ座った。俺から器を受け取り、湯気を避けるように少し顔を引く。


「在真さんは、どこまで行くつもり?」


 坑道の話だと思い、地図を見た。


 千景の指は、奥の未確認域ではなく、俺の順位を書いた端末画面の近くにあった。


「翠牙洞のあと、十一位になった」


「知ってる」


「まだ、上へ行くの」


 箸を置いた。


 初期開放域の下に残る封鎖。翠牙洞の奥で、グリムが群れを動かしていた広間。国内順位の上にいる十人と、世界順位の上にいる四百二十九人。


 攻略を急がなくても、しばらく暮らせるだけの現金は入った。


 それでも、難しい敵がいると分かると、行けるかを考えていた。


 次に見つけた入口で、強さが足りないからと戻るのは嫌だった。進むかどうかは、自分で決めたい。


「強くなりたい」


 千景は急かさなかった。


「日本で一番。その先は、世界で一番強い冒険者になる」


 言葉にすると、順位欄で見るより大きかった。


 千景は笑わなかった。箸に取っていたうどんを器へ戻し、もう一度俺を見た。


「世界で一番、か。……次も帰れる道は残してね」


「残す」


 ガルが器から顔を上げ、鼻先で俺の膝を押した。


 食事のあと、三枝へ連絡を送った。


『五月二十五日から数日、連絡が遅れる。課題は提出済み』


 返信は一分もかからなかった。


『了解。帰ったら次の分担決める』


 机の端には、千景が持ってきた防塵マスクが残っていた。


 袋を開けて、顔に合うかを確かめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。