第三十五話 帰還機能
グリムの槍が、正面から来た。
未来視では胸を貫かれている。
避けた先には床穴が開き、その縁から蔓が伸びる。右の目玉祭壇が、俺の動く場所を先に選んでいた。
後ろへは下がらなかった。
槍の穂先を刀の腹で外へ流し、グリムの懐へ入る。黒い膜に覆われた革鎧へ斬撃を当てても、浅い傷しか残らない。
中央の骨柱から伸びた指揮幕が、傷を塞いでいる。
グリムが槍の柄を横へ振る。
肩で受ける前に身を沈めた。頭上を通った柄が、後ろのゴブリンを巻き込む。倒れた一体へグリムは視線も向けず、槍を引いた。
ガルは広間の右側にいた。
残存群を正面から噛み潰さず、盾役二体の外を走る。追った三体と、グリムの周囲へ残る二体が離れた。
千景はまだ外周にいる。
八本の杭を狙った呪術師へ短槍を投げず、鋼糸を床の突起へ回し、侵入線を狭くしていた。敵が一列になったところをガルが横から崩す。
「右を止める」
千景が目玉祭壇を指した。
俺はグリムを切らず、右へ走った。
呪術師二体が杖を同時に上げる。目玉の並んだ石皿から白い煙が溢れ、床穴が三つ開いた。
一つ目を跳ぶ。二つ目は、着地するはずの場所へ口を開く像が見えた。
足を置く前に、土へ魔力を通す。床を塞ぐほどの力はない。崩れる縁を外へ少し押すだけで、穴の位置が半歩ずれた。
左足が縁を踏み、泥が落ちる。
蔓が右手へ巻きついた。焼けた手袋の裂け目へ棘が触れ、血が増える。
千景の鋼糸が蔓を横へ引いた。
切れとは言わない。俺が刀を振れる幅だけを空ける。
目玉祭壇の石皿を斜めに切った。
濁った目玉が床へ落ちても、青白い光は消えない。石皿の下から、壁へつながる太い根が見えた。
火へ魔力を通し、根の表面だけを焼く。煙が増えた瞬間に水を当てると、縮んだ根へ縦の亀裂が入った。
天羽々斬を差し込む。
根が切れ、右の祭壇が沈黙した。
開きかけていた床穴が止まる。蔓は力を失い、手首から泥へ落ちた。
グリムが吠えた。
残ったゴブリンが中央へ集まる。左の祭壇はもうない。狼も騎兵も、笛に合わせて戻ってこない。
ガルが外へ引いていた三体のうち二体を倒し、一体を広間の奥へ追い出した。そのまま追わず、自分でグリムへ向きを変えた。
中央の骨柱だけが黒く光っている。
グリムと残存群を包む幕は、最初より狭くなった。それでも正面から切れば、骨柱へ傷が流れて戻される。
千景が八本目の杭を見た。
黄色い光は残っている。
ようやく外周から離れ、中央へ走った。
短槍の先を骨柱の継ぎ目へ入れる。黒い膜が押し返し、千景の靴が泥を滑った。
俺は骨柱ではなく、グリムへ踏み込んだ。
槍を二度受け、三度目を避ける。グリムの身体がこちらへ向くたび、千景が骨柱へ鋼糸を一巻き増やす。
ガルが背後からグリムの脚へ入った。
噛みつく前に槍の石突が来る。ガルは身体を沈め、打撃だけを外へ逃がした。その一瞬、グリムの両足が骨柱から離れる。
「今」
千景が鋼糸を引いた。
骨柱の継ぎ目へ差した短槍が横へ倒れ、束ねていた骨に隙間が開く。
俺はグリムから離れ、その隙間へ天羽々斬を振り下ろした。
一本では切れない。何本もの革紐と骨が刃へ絡む。
もう一度、同じ場所へ入れる。
骨柱が中央から割れた。
黒い指揮幕が消える。
残ったゴブリンの動きが、同時ではなくなった。グリムの革鎧に残っていた傷も閉じない。
グリムは槍を捨てなかった。
幕を失っても、俺より長い間合いで喉を狙ってくる。未来視に見える攻撃と現実の穂先がほとんど重なり、避けるだけでは距離が詰まらない。
千景の鋼糸が槍の柄へ絡んだ。
引いて止める力はない。穂先がこちらへ戻る線を、壁側へわずかにずらす。
ガルがグリムの左膝へぶつかった。
姿勢が崩れ、首が前へ出る。
そこへ、処刑者の感覚が重なった。
頸部神経核。
痛む場所のように分かる線へ、天羽々斬を通した。
首をすべて落とす必要はなかった。刃が後頸部の小さな硬さを断つと、グリムの腕から力が抜ける。
骨槍が床へ落ちた。
残ったゴブリンは、グリムの死体へ集まらなかった。二体はガルに追われて奥へ逃げ、一体は千景の短槍で脚を止められたところを俺が切った。
太鼓が止まった。
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ゴブリンロード・グリムLv31を討伐しました。
〈翠牙洞〉中枢を攻略しました。
大月在真
Lv:28 → 30
天羽々斬
武器Lv:26 → 28
ガル
Lv:26 → 28
B級中枢核を取得しました。
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座り込む前に、八本の杭を見た。
全部、光っている。
千景は入口側から一本ずつ数え、傷と曲がりを確認した。俺とガルは中枢広間に残り、逃げた個体が戻らないことと、祭壇の接続が消えたことを確かめる。
取得の通知は、現物を手にする前に出た。中枢核は石の台座に残っていて、俺がそこから取り外した。
DPはまだ増えず、帰還機能も定着していない。順位もこの場では動かなかった。
八本を逆順に回収し、中枢核を持って歩いて地上へ戻った。
受付では中枢核をいったん預け、回復薬二本を未開封のまま返した。右手の甲は洗浄され、薄い保護材を貼られる。深い傷ではない。裂けた手袋は返却袋へ入った。
帰った日の定時更新で、順位が変わった。
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大月在真
国内サーバー順位:18位 → 11位
全サーバー総合順位:612位(暫定) → 430位
総合RP:15,577 → 19,400
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中枢核が案件契約どおり俺へ引き渡されたのは、三日後だった。
護衛料と素材代も、口座に振り込まれていた。
自宅裏の供給台座へ核を置く。
石の中へ緑色の光が吸い込まれ、表示が開いた。
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B級中枢核を80,000,000DPへ変換しました。
DP:1,000,000 → 81,000,000
固有迷宮機能〈帰還〉を定着しますか。
必要DP:50,000,000
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傷を抱えて石段を上り続けた、あの二十一日間を思い出す。
迷わず定着を選んだ。
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50,000,000DPを消費しました。
固有迷宮機能〈帰還〉を定着しました。
DP:31,000,000
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固有迷宮機能〈帰還〉
所有者と主契約戦闘単位を、所有者の固有迷宮内部から同迷宮入口へ帰還させる。
他迷宮、地上、国内外の別地点からは使用できない。
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ガルと石段を少し下り、供給室で使った。
足元の感覚が一度消え、次に土を踏んだ時には、裏庭の入口前へ立っていた。ガルも横にいる。
庭の中央からもう一度使おうとした。
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帰還可能な固有迷宮内部にいません。
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別の迷宮から家へ戻れる機能ではなかった。
構造情報を開いても、未踏域の存在反応と物理封鎖は変わっていない。
庭からは使えない。
それでも、次に家の下へ入った時は、歩けなくなる前に戻れる場所ができた。




