第三十四話 グリム
緑の紐が残っていた割れ目は、中枢へ続いていた。
五月十日、翠牙洞へ戻った。前回の調査を受け、今回の依頼は中枢まで広がっている。中枢核は俺の取り分になった。受付で回復薬を二本借り、腰のポーチへ入れた。荷物は前回より軽い。八本の杭を外周へ置き直し、経路確認員は最後の杭で止まった。そこから先へ進むのは俺とガルと千景だけだ。
割れ目を広げる必要はなかった。
ガルが見つけた水路側の迂回路は、一度沈んだあと、中で割れ目とつながっていた。泥へ膝をつかず通れる幅があり、緑の繊維と狼の毛が奥まで続いている。
太鼓が鳴った。
一度目は遠く、二度目は頭上から聞こえた。
天井が高くなる。
その先は、洞窟を削った広間だった。
正面の岩段に、他のゴブリンより二回り大きな個体が立っている。背中へ獣皮を垂らし、片手に骨と黒鉄を継いだ長槍を持つ。周囲には短杖を持った呪術師と、盾や弓を持ったゴブリンが並んでいた。
壁際には三つの祭壇がある。
左の祭壇には狼の牙が束ねられ、右では濁った目玉が石皿に並んでいる。中央に縛り上げられた骨の柱だけは、何体分あるのかも分からなかった。
俺は正面の個体へ鑑定を向けた。
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名前:ゴブリンロード・グリム
Lv:31
種族:ゴブリンロード
種族格:II
主要特性:群体指揮/呪術
接続構造:三祭壇
詳細不明。
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グリムが槍の石突で岩段を叩いた。
左右のゴブリンが同時に動く。
前列の盾が開き、後ろの弓が射る。矢を避けた場所へ床穴が口を開き、泥の中から蔓が足首を狙った。
一体ずつは速くない。
それなのに、避けた先に次の攻撃が来る。
「祭壇が動いてる」
千景は中央へ入らず、外周を走った。鋼糸を岩の突起へ回し、床穴の手前へ低く張る。
ガルが盾役の横へ回る。
グリムが短く吠えると、二体が同時に向きを変えた。片方がガルを押さえ、もう片方が外周へ走る。
標杭を狙っている。
俺はグリムへ伸ばしかけた足を戻し、外周のゴブリンを切った。
その間に、骨槍が肩の横を通る。
未来視で見えていても、受ける角度が浅い。刃を合わせた腕が外へ流され、二歩下がった。
グリムは追わない。
俺と杭の間へ残存群を入れ、左の牙祭壇へ槍先を向けた。
牙が一斉に鳴る。
広間の奥と、来た水路の両方から獣の足音が返った。
「左を止める」
ガルが俺より先に走った。
左壁へ向かったガルを、狼二体と騎手一体が塞ぐ。正面から噛み合わず、手前の狼の横を抜けて祭壇の背後へ回る。
俺はその前へ出た。
騎手の鉈を切り、狼の前脚を払う。倒れた身体を越え、牙祭壇まであと三歩。
床から蔓が出た。
右の目玉祭壇が青白く光っている。
足首へ巻きつく前に切る。切れた蔓から白煙が上がり、手袋の甲へ触れた。
熱い。
布が焦げ、皮膚が浅く裂けた。
構わず祭壇へ踏み込もうとした時、未来視の端で黄色い光が倒れた。
外周の杭へ、呪術師の石刃が飛んでいる。
間に合わない。
石刃の軌道が横へ逸れた。
千景の鋼糸が、空中で石刃の尾へ絡んでいる。石刃は杭の横の壁へ刺さり、黄色い光は消えなかった。
「左、行って」
千景の声が、さっきより鋭かった。
俺は牙祭壇へ戻った。
骨と牙の束を正面から切っても、奥の壁へ緑の線が残る。ガルが祭壇の背後へ前脚をかけ、岩の隙間から伸びていた紐を噛み出した。
緑の紐は、一本ではない。
壁の穴へ束になって入り、広間の外まで続いている。
紐をガルが引き、俺が根元を切った。
牙祭壇が崩れた。
奥から来ていた狼の足音が乱れる。広間へ入った二体は立ち止まり、騎手の指示と別の方向へ顔を向けた。
グリムが初めて岩段を下りた。
骨槍を片手で回し、倒れた仲間を避けずに進む。中央の骨柱から黒い膜が広がり、グリムと残ったゴブリンの身体へ重なった。
右の目玉祭壇も動いている。
床穴が増え、切ったはずの蔓が別の場所から伸びた。
千景は外周の杭を数え直した。
「八本、全部ある」
俺は焼けて裂けた手袋を一度握った。血は滲んでいるが、指は動く。腰の回復薬二本には触れなかった。
牙祭壇は止まった。
残るのは右の目玉と、中央の骨柱。
グリムが槍を構え、呪術師二体がその後ろへ位置を変えた。
指揮はまだ切れていない。




