第二十六話 大学の接続
四月十九日、大学の入学説明は自宅の六畳間で始まった。
机の上にはノートパソコンと履修案内、その横に天羽々斬の手入れ道具がある。刀は壁際へ置いたが、砥石と油布まで片づける場所がなかった。
ガルは画面に映らない位置で伏せている。黒い肩帯は、水の器の隣に置いたままだ。匂いを嗅ぐことはあっても、まだ身体へつけさせない。
午前十時、画面へ西央大学情報理工学部と表示された。
入学式と対面授業は、地震と各地の立入制限で延期されている。教員は、災害特例の録画講義、遠隔課題、通信が切れた場合の追提出、それから五月十四日以降の対面予定を順に説明した。
俺だけのための特例ではなかった。
避難先から接続している学生もいる。背景が体育館の白い壁になっている画面、家族の声が入り続ける画面、音声だけの画面。大学の回線へつながっても、全員が同じ場所へ戻れたわけではない。
履修登録の画面には、数学、プログラミング基礎、情報倫理、初年次演習が並んでいた。
ダンジョン学という科目はない。
俺が入学前に選んだのも、迷宮の攻略とは関係のない学部だった。三週間以上、石と骨ばかり見ていたせいで、画面に並ぶ講義名のほうが現実離れして見える。
昼を挟み、初年次演習の接続試験が始まった。
四人ずつの小部屋へ分けられる。カメラをつけると、最初に声を出したのは、短い髪の男だった。
『三枝悠斗。よろしく。……大月在真って、ランキングに出てる大月?』
「同じ名前なら俺だ」
『同じ名前ならって、十八位が何人もいたら困るだろ』
他の二人の画面が動いた。視線がこちらへ集まる。
三枝も数秒黙ったが、すぐに共有画面へ戻った。
『まあいいや。自己紹介シート、三番のリンク切れてる。大月、見える?』
「見えない」
『だよな。先生に送る。あと共同課題、四人で一つだから、順位が高くても提出は分担な』
「順位は課題をやってくれない」
『それが分かってるなら大丈夫そうだ』
課題は、地震後に通信が途切れた事例を二つ調べ、何が失われたかを整理するものだった。東條から届いた川沿いの入口の写真や、自宅裏のことを使う必要はない。公開されている鉄道通信と、避難所の回線障害を選んだ。
俺の担当は、来週水曜の正午までに資料を二つ探すことになった。
『連絡つかなくなる予定があるなら、先に言って』
三枝が最後に言う。
「予定が決まったら送る」
『決まらなくても、一日前に生きてるって送ってくれ。共同編集、誰か一人が消えると止まるから』
千景とは違う理由で、帰る時刻を聞かれた。
接続が終わると、部屋が急に静かになった。ガルが立ち上がり、閉じたパソコンへ鼻を近づける。
「食べ物じゃない」
鼻先で押され、蓋に薄い跡がついた。
俺は履修案内を机の端へ寄せ、代わりに装備を並べた。手袋は火にあぶられ、腰袋は留め具が歪み、保護眼鏡には拭いても取れない曇りが残っている。頭灯は点いたが、予備の電池蓋にはひびがあった。
作業着の補修だけでは、次の迷宮へ持っていけない。
交換する物をメモし、金額を調べる。ガルの食費も、進化前より明らかに増えていた。銀行の残高には、祖父の家を維持するための預金と、高校時代からの貯金が残っている。固定資産税と修繕費を除けば、何か月も余裕がある額ではない。
ステータスを開けば、百万DPある。
けれど、スーパーでも大学の学費でも使えなかった。数字が大きく見えても、今日買う手袋一つの代金にはならない。
五月以降は、素材や討伐核を正式な窓口へ売る必要がある。政府の案件を受けるか、別の攻略へ行くか。それも俺が決めるが、決めなければ生活費は減る。
装備の注文を終え、破れた腰袋から使える金具だけを外した。
夕方、千景から写真が届いた。
泥のついた短槍。黄色い杭が八本。背後には、崩れた金網と、山肌へ開いた暗い穴が写っている。
『奥多摩の旧採掘場。内部の通行経路を確認する仕事が入った』
続けて、もう一通。
『強い人を探してるわけじゃない。帰路を壊さない人が必要』
俺は机の上の、ひびの入った電池蓋を見た。
倒せるかどうかではなく、帰れる道の話だった。




