第二十三話 順位欄
翌朝、目を覚ますと、午前九時を過ぎていた。
畳の上へ敷いた毛布から起き上がろうとして、背中が途中で止まる。墓王の大剣を受け流した時に打った肩甲骨の内側が、息を吸うだけで痛んだ。
ガルは台所と居間の境に横たわっていた。身体が大きくなったせいで、前脚は台所、尻尾は居間まで伸びている。俺が動いた音に片耳だけを向けたが、頭は上げなかった。
昨日はガルへ水と缶詰を出し、身体の汚れだけを落として、ほとんど眠っていた。その間に、スマートフォンの通知は百件を超えていた。
大学の連絡、知らない番号からの着信、名字だけ知っている親戚からのメッセージ。ニュースアプリには、国内ランキングが更新されたという見出しが並んでいる。
自分の名前が出ているものもあった。
記事を一つ開く。十八位の横に、大月在真、日本サーバー、総合RP一万五千五百七十七。そこから下は、何も書かれていない。年齢も、住所も、顔写真もなかった。
それでも名前は俺のものだった。
検索欄へ自分で入力すると、今朝見たのと同じ順位欄が開く。順位と所属、総合RP、活動中という表示だけだ。装備も能力も、今いる場所も出ていない。
消す項目は見当たらなかった。
東條彩芽からの文面は、午前六時十二分に届いた一通だけだった。
『対ダンジョン調整窓口の東條彩芽です。公開されたランキング情報と公的記録を照合し、ご連絡しました。面談のお願いがあります』
返事をしないまま、一日が過ぎている。
水を飲み、ガルの器にも足した。肉を切る気力がなく、買い置きの缶詰を開ける。進化して身体が大きくなった分、二缶では足りなかった。三缶目を器へ出すと、ガルはようやく鼻先を動かした。
俺は東條の番号へ、所属を確認したいとだけ返した。
一分もせず、通話してよいかと返信が来る。
声を出してみると喉が乾いていた。水をもう一口飲んでから、通話ボタンを押した。
『大月在真さんでお間違いないでしょうか』
「そっちが送ってきたんだろ」
『失礼しました。番号が現在もご本人のものか、通話の最初に確認する決まりです。内閣府・対ダンジョン危機対応準備室、調整担当の東條彩芽です』
準備室。
出来てから二十二日しか経っていないものに、もうそんな名前がついている。
「その部署が、順位をつけてるのか」
『いいえ』
答えは早かった。
『順位も所属も、私たちには変更できません。登録させることも、外すこともできない。昨日の更新を見てから、表示名を公的記録と照合しました』
「名前を消すのも」
『できません。連絡先や住所はランキングに出ていませんが、正規名、所属サーバー、順位、総合RPは表示範囲に入っています』
ガルが缶詰を食べる音が止まった。俺の声ではなく、通話相手の声へ耳を向けている。
「公的記録を調べて、番号を出した」
『災害対応上の公式照会を行いました。同姓同名の候補を絞り、地震後の地域観測と照合しています。ただし、私たちが大月さんの活動場所を確定したという意味ではありません』
言い切らず、勝手に知っているふりもしない。
それで信用できるわけではなかったが、嘘をつくなら別の言い方をする気がした。
「何を聞きたい」
『最初は三点です。順位欄がご本人の表示であること。現在、継続して活動できる状態かどうか。政府との連絡窓口を持つ意思があるかどうか』
「活動場所は」
『話したくないのであれば、初回面談で答える必要はありません』
「装備と能力」
『同じです。ただし、公道や市街地で危険が発生した場合は別の法律が関わります。そこを混ぜずに説明するため、電話ではなく一度お会いしたいと思っています』
準備した文を読んでいる声ではなかった。俺が何を嫌がっているかを、一つずつ避けている。
「会ったら、所属しろって話になるのか」
『所属を提案する部署はあります。私は、提案を断った場合にも必要な連絡が切れないよう条件を作る側です』
「断れるんだな」
『少なくとも、ランキング十八位であることを理由に、政府組織への所属を強制する制度はありません』
今は、と言わなかった。
その言葉を信用するかは、会ってから決めればいい。
俺は窓から裏庭を見た。入口そのものは家の陰に隠れている。閉鎖機能を有効にしてから、警報は一度も鳴っていない。
「家の中には入れない」
『入りません』
「敷地も」
『門の外で結構です。こちらは私一人で伺います。車両は離れた場所へ置きます』
「明日の十時」
『承知しました。体調が悪化した場合は、直前でも中止してください』
通話を切る前に、東條は身分証の確認方法と部署の代表番号を言った。俺はメモに書き、通話を終えてから自分で代表番号を検索した。
表示された番号へかけ直す。
別の職員が出て、東條彩芽が在籍していることと、明日午前十時の訪問記録が入っていることだけを答えた。
通話のあと、東條から身分証の顔写真も届いた。
完全に信用できる証明ではない。それでも、届いた番号へそのまま話し続けるよりはましだった。
ランキング欄を閉じる。
十八位になったから、誰かの命令を聞くことになったわけではない。ただ、名前だけは、もう家の中に置いておけなくなっていた。
ガルが空になった器を押し、床の上で音を立てた。
「足りないよな」
立ち上がると、肩の奥がまた痛んだ。
明日の前に、食料を買い足さなければならない。黒い染みの残った上着を入れた袋も、押し入れの奥から出しておく必要があった。
何を渡して、何を話さないか。
それは順位欄には書かれていなかった。




