第二十二話 朝の外
墓王の右足が床を踏み抜き、墓殿の底から石の波が走った。
石棺が浮き、砕けた蓋と骨が視界を塞ぐ。未来視には、飛んできた石片が左頬へ刺さる像と、伏せた背へ大剣が落ちる像が重なった。
どちらも避けられない位置だった。
俺は風へ魔力を通した。
強い風を作るのではない。墓殿を抜けていた流れの向きを、顔の前だけ横へ変える。石粉と軽い破片が左へ逸れた。
視界が一瞬開く。
大剣の落ちる場所から右へ踏み出した。刃が背後の床を割る。右腿が引きつったが、止まれば次が来る。
ガルは墓王の左側へいた。割れかけた左脚甲へ噛みつき、黒い装甲が閉じるのを牙で押し返している。
俺は背負っていた水を床へ流した。
こぼれた水へ魔力を通し、左右の踵から玉座へ続く溝へ分ける。黒い固定線そのものは消えない。だが、水が満ちた溝を光が走るたびに小さな泡が生まれ、迂回する順番が見えた。
光は左脚から玉座、右脚、胸へと移り、四か所を一つの周期で回っている。
水面で弾ける泡を追う。左の傷を閉じた光が、今は右へ回っていた。戻ってくる前に、両方を断つ。
墓王が大剣を引き抜く。次は横薙ぎの像が来た。
俺は左踵の下へ土の流れを集め、黒い線を溝の外へ押す。
「離れろ」
ガルが牙を抜いた瞬間、左脚甲へ天羽々斬を叩き込む。
縦の亀裂が底まで届いた。厚い装甲が崩れ、左脚の骨が外へ露出する。
黒い光は玉座を回り、右脚から左へ戻ろうとした。
ガルが露出した左足首へ噛みつく。骨を砕かず、身体ごと持ち上げるように引いた。墓王の踵が床から離れ、戻ってきた固定線が接続先を失う。
俺は右脚へ走った。
右脚甲には、最初の攻防でつけた浅い傷しかない。水をその傷へ集めてから、天羽々斬を強く当てた。
黒い火花が散る。
散った小さな火へ魔力を通す。炎を新しく作るのではなく、消える前の熱を傷の周囲へ留めた。黒い鉄が赤くなるほどではない。それでも同じ場所を三度叩くと、濡れた亀裂から白い蒸気が上がった。
火へ通す魔力を切り、床の水をもう一度その傷へ集めた。熱を持った表面が急に冷え、細かなひびが広がる。
墓王がガルを振りほどこうと左脚を上げる。大剣は片手だけで俺へ来た。
切っ先が右から入る像を見て、身体を鎧へ寄せた。大剣の根元が肩へ当たり、骨が軋む。刃の速度が乗り切る前だったから、腕は残った。
天羽々斬を右脚甲のひびへ入れる。
一撃目で表面が剥がれ、二撃目で膝まで亀裂が走る。三撃目は、ガルが墓王の左脚を引いた瞬間に重ねた。
右脚甲が砕ける。
左右の踵から伸びた固定線が同時に切れた。
墓王の巨体が沈む。片膝をつきながら大剣を両手へ戻し、床ごと俺たちを払った。
ガルが先に跳び、俺は割れた右脚甲の内側へ身体を入れる。大剣は外を通り、石棺を粉にした。
胸甲から黒い光が強くなる。
玉座を経由していた流れが、残った一か所へ集まっている。脚甲を失っても、胸の装甲はまだ閉じたままだ。
墓王が立とうとする。露出した左右の脚へ処刑者の感覚が痛みのように重なるが、脚を断つだけでは墓核へ届かない。
俺は胸を指した。
ガルが背後へ回り、墓王の左肩へ前脚を掛ける。倒せる重さではない。それでも上半身がわずかに後ろへ引かれ、胸甲が上を向いた。
未来視に、墓王が柄頭でガルを打つ像が見える。
「下がれ!」
ガルが先に離れ、柄頭が空を打った。
俺は胸甲の碑文へ天羽々斬を振り下ろす。
正面の防御は、脚甲より厚い。一撃では白い線しかつかない。二撃目も同じ場所へ重ねる。〈技量同調〉で力は逃げなくても、装甲そのものが硬すぎる。
墓王の左手が俺の頭を掴む像が出た。
予測像の指が閉じる前に身を沈め、腕の内側へ入る。現実の手がヘルメットをかすめ、表面を削った。
ガルが反対側の手首へ噛みつく。
三撃目。四撃目。
胸甲の碑文が欠けた。
黒い光が傷を戻そうとする。だが、左右の固定線は切れたままで、玉座から胸へ届く一本しか残っていない。
床の水が、その経路を示している。
俺は土の流れを切り、玉座の根元へ風を通した。溝に溜まった骨粉が吹き上がり、黒い線の上へ被さる。固定は止まらない。ただ、光が一瞬だけ弱くなった。
その間に五撃目を入れる。
胸甲が中央から割れた。
鎧の奥には、肋骨を固めた白い器があった。中央で黒い塊が脈打っている。墓核。その周囲を器が包み、最後の固定線が玉座からつながっていた。
処刑者の感覚は黒い核へ集まる。だが、器と接続が残ったままでは、刃を入れても戻される。
墓王が大剣を手放し、両手で胸を閉じようとした。落ちた刃がすぐ脇の床を打ったが、そちらを見る余裕はなかった。
ガルが右手へ噛みつく。俺は左手の内側へ入り、白い器へ刀を差し込んだ。
器が閉じる力に押し返され、柄が胸へ寄ってくる。足元の水では、玉座から順に泡が弾けていた。黒い光が戻ってくる。あれが器へ届くまでに、こじ開けなければならない。
俺は天羽々斬を抜かず、柄を下へ押した。白い器に亀裂が走る。
墓王の左手が肩へ食い込む。未来視には、このまま腕を折られる像が見えた。身体はすぐには動かない。
ガルが右手を引き、墓王の上半身がわずかに捻れた。肩を掴む力が外へ逃げた瞬間、俺は柄へ全体重を掛ける。
器が割れ、黒い固定線も同時に切れた。墓核が露出する。
そこだけが、はっきり痛む場所のように分かった。
天羽々斬を一度引き、黒い核へ振り下ろす。
墓王の両手がこちらへ閉じるより先に、刃が核の中央へ入った。
黒い塊が割れる。
墓殿のすべての溝から光が消えた。墓王は胸を開いたまま動きを止め、王冠、肩鎧、腕、脚の順に崩れていく。
もう、こちらへ伸びてくる手の像はなかった。
崩れた鎧が床を打つ音だけが、広い墓殿へ響いた。
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墓王グレイヴロードLv32を討伐しました。
〈骨塚迷宮・初期開放域〉を完全攻略しました。
初期開放域中枢を停止しました。
大月在真
獲得EXP:42,209
Lv:24 → 28
天羽々斬
武器Lv:22 → 26
ガル
獲得EXP:15,612
Lv:24 → 26
ガルが第一種族進化条件を満たしました。
種族〈黒狼〉が〈黒牙魔狼〉へ進化しました。
種族格:II → III
初期開放域管理権を取得しました。
入口閉鎖機能を取得しました。
所有者照合機能を取得しました。
侵入警報機能を取得しました。
段階式構造情報を取得しました。
未踏域:存在反応あり
物理封鎖:継続中
帰還機能:未取得
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種族〈黒牙魔狼〉
主契約後も本人の意思で未踏域へ戻り、初期開放域の戦闘と攻略を完遂した個体進化。
嗅覚、追跡、牙と身体能力が再構成される。命令への服従、飛行、遠距離通信は付与されない。
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この場所は、システム上では〈骨塚迷宮〉というらしい。
ガルの身体が黒い光に包まれた。
骨が軋み、肩と背が一回り高くなる。牙が伸び、爪の根元まで黒い毛が濃くなった。傷が消えたわけではない。右肘を庇った姿勢は残り、再構成の痛みで前脚が震えている。
俺も床へ座り込んだ。
Lvが上がった感覚より、使い切った魔力と肩の痛みのほうが先に来る。ガルが歩けることを確かめ、俺たちは墓殿をすぐに出なかった。
砕けた墓核へ刀の峰を触れさせても、黒い光は戻らなかった。開いた扉の前ではガルが長く鼻を動かし、やがてこちらへ顔を向ける。中枢は止まり、少なくとも扉のすぐ向こうに動くものはいない。それを確かめて、構造情報を開いた。
今まで通った石段、供給室、骨洞、黒鉄城廊、白墓域、墓殿が線でつながる。その下に、輪郭の出ない空白があった。
存在反応だけが表示され、道は閉じている。
初期開放域を攻略しただけで、この迷宮すべてが終わったわけではなかった。
俺は入口閉鎖と侵入警報を有効にした。所有者照合には俺の名前だけがあり、ガルは主契約個体として同行可になっている。
帰還機能の欄は灰色のままだった。
歩いて戻るしかない。
時刻は午前五時四十二分。千景へ送った期限まで余裕はあるが、短い道ではなかった。
ガルの歩幅が変わり、狭い横穴では肩が壁へ触れる。急がず、途中で二度水を飲ませた。供給室を抜け、石段を上がる頃には、外が明るくなっていた。
裏庭へ出たのは、午前六時を少し過ぎた頃だった。
冷たい朝の空気が、火傷した右手へ当たる。家の屋根、物干し竿、まだ片づけていない段ボール。二十一日前と同じものがそこにあった。
スマートフォンが続けて震えた。
最初は千景からだった。
『六時。戻ってる?』
『今、戻った』
送信すると、すぐに既読がついた。
『……分かった』
そのあとに、世界システムの定時更新が開いた。
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名前:大月在真
種族:人間
種族格:I
Lv:28
職業:処刑者・第二段階
最大HP:5,640
魔力:1,570
攻撃:2,150
防御:1,400
素早さ:2,030
器用さ:2,320
知力:1,910
感知:2,390
基礎戦闘力:約10,670
主要スキル:
テイムI
未来視鑑定III
ステータス改竄I
剣術III/熟練78%
四属性操作I
成長特性:
成長加速
大器晩成
特殊適性:
四属性適性
固有スキル:
幸運I
装備:
天羽々斬Lv26
DP:1,000,000
名前:ガル
種族:黒牙魔狼
種族格:III
Lv:26
最大HP:5,870
魔力:670
攻撃:3,080
防御:1,830
素早さ:5,300
器用さ:4,570
知力:1,010
感知:4,240
基礎戦闘力:約16,300
契約状態:主契約従魔
個別順位:対象外
主所属:日本サーバー
国内サーバー順位:18位
全サーバー総合順位:612位(暫定)
現在戦力RP:9,577
攻略RP:2,500
討伐RP:2,200
防衛RP:0
特殊実績RP:1,300
総合RP:15,577
更新時刻:午前6時
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十八位。
数字を見ても、最初は高いのか低いのか分からなかった。国内十九位の値が一万五千五百二十、十七位が一万五千六百四十と表示される。俺はその間にいる。
全サーバーでは六百十二位。上には、同じように迷宮を攻略した人間が六百十一人いる。
ガルの戦果は俺たちの主契約戦闘単位へ一度だけ入っていた。ガル自身の順位欄はない。
もう一度スマートフォンが震えた。
『対ダンジョン調整窓口の東條彩芽です。公開されたランキング情報と公的記録を照合し、ご連絡しました。面談のお願いがあります』
入口の場所も、家の裏のことも書かれていない。
俺はすぐに返事をせず、玄関を開けた。ガルが身体を横にしなければ通れなくなっている。
先に水を出す。
ガルは器へ鼻を入れ、長く飲んだ。俺は天羽々斬を壁際へ置き、ようやく床へ座る。
裏庭の入口は閉じた。開ける権限も、もう一度閉じる権限も俺にある。
それでも、その下にはまだ閉じた場所が残っている。
朝日が台所の床まで入ってきた。




