第二十一話 墓王
四月十四日の午前四時五十分、千景へ侵入時刻を送った。
『正午までに戻らなければ、前の石垣へ来てくれ』
送信してから、頼み方がおかしいことに気づく。来てもらっても、彼女は入口を知らない。それでも、山道で俺が出てくる場所は知っている。
『分かった。十一時半にも一度連絡する』
返事はすぐに来た。
ガルへ水を飲ませ、まだ暗い裏庭へ出る。右腿は強く踏み込むと痛む。右手の甲には薄い火傷が残っていたが、刀の柄を握る指は動いた。
白墓域の最奥で開いた扉を抜ける。
その先は、石棺が円形に並ぶ墓殿だった。天井を支える柱はなく、中央だけが一段低い。底に黒い玉座があり、鎧を着た巨体が座っている。
王冠の下に、人の顔はなかった。幾重にも重なった骨の奥で、黒い光がゆっくり脈打つ。
巨体が立ち上がる。
左右の脚甲だけで俺の胴ほど厚い。胸甲には墓碑のような文字が刻まれ、右手の大剣は黒鎧騎士のものより幅があった。
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名称:墓王グレイヴロード
種族格:III
個体Lv:32
最大HP:極高
防御:極高
主要特性:墓王鎧、中枢接続
中枢接続:詳細不明。
弱点候補:装甲内部
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格が一つ上。Lv差は八つ。
墓王が大剣を上げた。
刃が右上から来る像が先に見える。俺は左へ動き、刀の峰で軌道を外へ流した。
受け流したはずだった。
大剣の重さが腕から肩へ抜け、身体ごと横へ飛ばされる。背中が石棺へ当たり、蓋がずれた。肺から息が押し出される。
未来が見えても、重さは消えない。
ガルが墓王の左脚へ噛みついた。脚甲の表面へ牙が滑り、白い筋だけを残す。
俺は石棺を蹴って戻り、反対側から左脚甲へ天羽々斬を入れた。
〈技量同調〉で刃へ通した力が、表面で散る。
正面からは足りない。
墓王が左足を踏み込む。踵から黒い線が伸び、床の溝へつながった。俺とガルがつけた白い傷へ黒い光が戻り、何もなかったように閉じていく。
中枢接続。
アークアイの空間錨に似ている。壊した場所を固定し直し、損傷する前の形へ戻している。
墓王の大剣がガルへ向く。
振り下ろされる像の中で、ガルは右へ逃げていた。現実のガルは左へ走る。予測は外れ、大剣が左の石床を砕いた。
確定した未来ではない。
飛んだ石片の陰から、俺は右脚甲へ回る。処刑者の感覚は、鎧の継ぎ目を拾わない。解析できていない場所へは何も起きなかった。
刃を入れても、脚甲へ浅い線が増えるだけだ。
墓殿の床へ意識を向ける。
黒い固定線の下に、四種類の流れがあった。土の重さ。冷たい水。乾いた熱。石棺の間を抜ける風。四属性封鎖区で身体へ触れたものと同じだ。
〈四属性操作I〉を使う。
全部を一度に動かそうとすると、頭の奥へ四つの方向が押し寄せた。すぐに意識を引き戻し、土だけへ絞る。
床の土を掘り返す力はない。
黒い線の下を流れる重さへ魔力を通し、横へ押す。
左踵から伸びた固定線が、指一本分だけずれた。
墓王の左脚甲に残っていた白い傷が、戻らずに止まる。
「今だ」
ガルが左膝の内側へぶつかる。巨体の重心がわずかに外へ傾いた。
俺は同じ白い傷へ、もう一度天羽々斬を振り下ろした。
表面が欠ける。
初めて、黒い装甲片が床へ落ちた。
墓王の大剣が横へ払われる像が見える。俺は低く伏せ、ガルは反対へ跳ぶ。現実の刃が頭上を通り、石棺を二つまとめて砕いた。
土へ通していた魔力が切れる。
外したはずの固定線が床の溝を迂回し、左踵へ戻った。欠けた脚甲へ黒い光が集まり、落ちた装甲片が震える。
完全には戻らない。だが、亀裂が少しずつ狭くなっている。
右脚の踵からも、新しい黒い線が床へ伸びた。
固定線は二本になった。
墓王は左足を一度持ち上げ、俺たちの間へ置いた。
床の四つの流れが、同時に向きを変えた。
黒い線が足元から波のように広がる。
未来視には、床へ固定された俺の脚を大剣が断つ像が見えた。像が出た時には、もう左足の周囲が重くなっている。
土の流れを横へ押す。
固定される直前、靴底が床から離れた。俺は石棺の蓋へ飛び乗り、振り下ろされた大剣を避ける。刃が蓋を中央から割り、乾いた骨が中から散った。
墓王の左脚には、まださっきの亀裂が残っている。
ガルが右側を走り、墓王の視線と大剣を引く。右へ回るだけではない。石棺を一つ挟み、巨体が跨がなければ追えない距離を取っている。
契約で弱くなってから覚えた動きだった。今は野生だった頃よりLvが高くても、正面から押し合わない。
俺は左踵の線へ土の魔力を通す。
一度目より長くずれた。魔力が減り、頭の奥へ鈍い痛みが溜まる。それでも線は外れている。
左脚甲の亀裂へ一撃、二撃と斬撃を重ねる。三撃目へ入る寸前、大剣が戻る像が見えた。
避ければ、また修復される。
「ガル!」
ガルが石棺を蹴り、墓王の右腕へ牙を掛けた。大剣の軌道が上へずれる。その下で三撃目を入れる。
左脚甲が縦に割れた。
厚い装甲が二つに開き、内側の骨が露出する。処刑者の感覚が初めてそこへ集まった。脚そのものを断てる場所ではあるが、今は墓王を倒す核ではない。
墓王が右足を強く踏んだ。
右踵の固定線から黒い光が溢れ、中央の玉座を回って左脚へ届く。切れた装甲がゆっくり閉じ始めた。
二本の線は別ではない。
右踵からの光が届くたび、左脚の骨が装甲に隠れていく。左の線をずらしているだけでは止まらない。右も、同じ間に切らなければ。
俺は土の操作を切った。残りの魔力を確認する。四属性を全部試せるほど余裕はない。
墓王が左脚を引き、割れかけた装甲を守るように右脚を前へ出した。
ガルは大剣から離れ、俺の反対側へ回る。
左右を同じ周期で壊す。
考えを言葉にする前に、墓王が右脚で床を踏み抜いた。




