第二十話 巨眼
黒鎧騎士を倒した翌朝、鳴海が来た。その日の残りは、ほとんど眠って過ごした。
右腿の痣は薄くなっても、立つと奥が引きつる。処刑者へ変わった身体も落ち着かず、包丁を持てば鶏肉の筋が分かりすぎた。ガルの右前脚へ目を向けると、打撲した場所が鈍く痛むように感じる。
見えているのは俺の怪我ではない。
目を逸らし、肉を大きめに切った。ガルは皿へ鼻先を寄せて食べ始め、食後は右肘を浮かせたまま眠った。
四月十三日の朝、白い石階段を上った。
黒鉄の壁は途中で途切れ、上は墓石のような白い柱が並ぶ広間になっていた。天井は見えない。柱の間に、俺の身体より大きな眼球が浮いている。
白い膜に包まれた球体の中央で、黒い瞳が動いた。
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名称:アークアイ
種族格:II
個体Lv:27
魔力:極高
知力:極高
感知:極高
主要特性:空間固定、空間膜
弱点候補:詳細不明。
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瞳が俺へ向く。
その直前、右足の周りが透明な板に挟まれる像が見えた。
未来視鑑定。
俺は右足を引く。次の瞬間、さっきまで靴があった場所で空気が歪み、床の砂粒が空中に止まった。
予測できても、身体が勝手に速くなるわけではない。遅れていたら、足だけがその場所へ固定されていた。
アークアイの瞳がガルへ動く。
「左」
ガルはもう跳んでいた。固定された空間が毛先をかすめ、黒い毛が数本、宙へ残る。ガルは白い柱を蹴って眼球へ牙を届かせた。
透明な膜がへこみ、身体ごと弾き返す。
俺も横から天羽々斬を入れた。〈技量同調〉で刃先は逃げない。それでも刀は眼球へ届かず、何もない場所で止まった。
空間そのものを斬る力はない。
瞳の奥が青く光る。魔力弾が来る像を見て、柱の陰へ入った。現実の光弾が白い石を抉り、破片が背中へ降る。
避けながら見上げると、広間の三か所で細い黒い杭が光っていた。
一本は床に、もう一本は左の柱にあり、最後の一本は眼球の背後の壁で光っていた。
瞳が床の杭へ向く。黒い光が杭から膜へ走り、さっき俺がつけた傷のような曇りが消えた。
空間錨。
鑑定表示に名前だけが増える。三基。停止条件は、まだ出ない。
俺は床の杭へ走り、天羽々斬を振り下ろした。黒い表面へ半分まで刃が入る。二撃目で折れると、眼球を包む膜の一部が薄くなった。
ガルが左柱の錨へ向かう。
アークアイは追わず、瞳を床の折れた杭へ戻した。青い光が一周し、黒い杭が元の形へ戻る。
左柱へ届いたガルも、再生した膜に弾かれた。
三つを別々に壊しても駄目だ。
アークアイの瞳は、床、左柱、背後の壁を同じ順で見る。三つ目まで視線が回ると、最初の杭が再生する。
次の行動候補が断片で重なった。
床を固定する像。ガルへ魔力弾を撃つ像。左柱の錨を更新する像。どれが現実になるかは決まっていない。俺が動けば、候補も変わる。
「ガル、左の黒い杭だ」
ガルが左柱へ走る。
俺は床の錨へ向かった。アークアイの瞳が俺を追い、足元を固定する像が見える。直前で鞘を床へ投げ、反対へ跳んだ。
透明な固定面が鞘を空中へ縫い止める。
その陰から床の杭へ入る。天羽々斬を一度目の傷と同じ場所へ落とし、二撃で折った。
ガルの牙が左柱の錨へ届く。噛んだだけでは折れない。後脚を床へ突き、首を横へ振る。黒い杭が根元から傾いた。
アークアイが魔力弾を溜める。
ガルへ撃つ像が先に見えた。
俺は声を出さず、眼球の背後へ走った。ガルは左柱の錨を噛んだまま、魔力弾が来る直前に身体を離す。
青い光弾が傾いた杭へ当たった。
二本目が砕ける。
残りは眼球の背後だ。
アークアイが振り向く。黒い瞳が俺を捉えた瞬間、胸から腕までが透明な壁へ押し込まれる像が見えた。
間に合わない。
俺は走った勢いのまま天羽々斬を投げた。
刀は回転せず、切っ先から背後の杭へ飛ぶ。〈技量同調〉が手を離れたあとまで働くわけではない。それでも、投げる直前まで逃がさなかった力が刀身を真っ直ぐ進ませた。
切っ先が黒い杭を貫く。
俺の身体が空間へ固定された。
息を吸った胸が、それ以上広がらない。腕も脚も動かせず、視線だけがアークアイを追う。
三本目の杭に亀裂が走ったが、まだ折れていない。
ガルが走る。
眼球の膜へ向かわず、壁へ刺さった天羽々斬の柄へ飛びついた。前脚を壁へ掛け、全体重で柄を下へ押す。
黒い杭が折れた。
三つの錨から光が消える。
アークアイを覆っていた空間膜が、波打ったまま硬く止まった。眼球も回転をやめ、黒い瞳が俺を見た位置で固定される。
身体を縛っていた力が消えた。俺は膝から落ち、息を吸う。肺が痛むほど空気が入った。
ガルが刀から離れ、眼球の横へ回る。
空間膜は消えていない。だが、もう傷を逃がすように動かない。表面の波が重なった場所に、一本の亀裂が見えた。
処刑者の感覚が、そこを古傷のように拾う。
解析済みの弱点。
俺は壁から天羽々斬を抜き、亀裂へ刃を入れた。
一撃で膜が割れる。眼球の白い表面が露出し、ガルが反対側へぶつかった。固定された巨眼は逃げず、黒い瞳だけが激しく震える。
未来視には、魔力弾が三方向へ散る像が見えた。
どれを選ぶか待たない。
黒い瞳の中心へ天羽々斬を突き込む。青い光が刀の左右へ漏れ、腕の皮膚が焼けた。柄を離さず、さらに押す。
主眼核が割れた。
魔力弾の像も、空間を固定する圧力も同時に消える。巨大な眼球が白い灰になり、床へ崩れ落ちた。
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アークアイLv27を討伐しました。
〈上層中核区画〉を初回突破しました。
大月在真
獲得EXP:30,450
Lv:20 → 24
天羽々斬
武器Lv:18 → 22
ガル
獲得EXP:13,260
Lv:22 → 24
特殊適性〈四属性適性〉から、スキル〈四属性操作I〉が発現しました。
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スキル〈四属性操作I〉
火、水、土、風へ通した魔力を、一属性ずつ操作できる。
一動作の安全出力は現在魔力の10%。同時に扱う属性を増やすごとに、消費魔力が30%増加する。
未知の術式は自動で構築されない。
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右手の甲が熱い。焼けた皮膚の下で、四属性封鎖区の鉱石や水に魔力が反応した時と似たものが動いていた。
試そうとは思わなかった。操作できることと、正しく使えることは違う。
白い灰の向こうで、墓石のような扉が開いている。その先から吹く風には、土と古い水、それから重い金属の匂いが混じっていた。
ガルが扉の前まで行き、戻ってくる。
右腿の傷はまだ引きつり、右手には新しい火傷がある。明日は四月十四日だった。
俺は天羽々斬を鞘へ納め、いったん家へ戻る道を選んだ。




