第十七話 黒鎧
翌日は穴へ入らなかった。左腕の痺れが消えるまで待ち、欠けたヘルメットだけ同じ店で買い直した。その次の朝、中層へ下りた。黒い通路は、骨の回廊より静かだった。
壁も床も鉄に見える。懐中電灯を向けても光が広がらず、数歩先で通路の輪郭が闇に溶けた。ガルの爪が床へ触れるたび、乾いた音が長く残った。黒煙は、壁と床の継ぎ目から細く漏れている。
触れようとすると、指の前で散った。熱はない。匂いも、俺には分からなかった。ガルは何度も鼻を振る。
追えないらしい。通路の終わりに、両開きの扉があった。片方だけが開いている。中は、四角い広間だった。
柱が四本。中央に、黒い鎧が立っている。スケルトンナイトより少し小さい。それでも、俺より頭一つ高かった。
全身を覆う鎧の隙間から、黒煙が出ている。右手には、幅の広い黒鉄の大剣。眼窩はない。兜の奥が暗いまま、こちらへ向いた。表示を開く。
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【黒鎧騎士】
種族格:II
Lv:24
主要特性:魔力装甲、再生
八能力:詳細不明。
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数字は、俺より七つ上だった。ガルより三つ上。それだけでは、どこまで届くか分からない。天羽々斬を抜く。
黒鎧騎士も大剣を持ち上げた。先に動いたのはガルだった。広間の左を走る。黒鎧騎士の兜が追う。
俺は右から入った。脇の下へ刀を振る。狙った場所へ、刃先まで同じ速さで届いた。技量同調は働いている。
手首もぶれない。それでも、黒い鎧へ触れた刃は止まった。金属へ当たる前に、薄い膜へ押し返される。刀が跳ねた。
黒鎧騎士が振り向く。大剣が横へ来た。受けてはいけない。頭では分かっていた。
退く足が半歩遅れ、天羽々斬を斜めに差し入れるしかなかった。黒鉄の刃が当たった瞬間、両腕が潰れたように痺れた。身体ごと横へ飛ばされ、柱へ肩からぶつかる。
息が止まった。刀はまだ手にあるが、腕は上がらない。技量同調がなければ、その刀も離していたかもしれない。黒鎧騎士は何事もなかったように、こちらへ歩いてくる。
一歩ごとに、床が鳴る。ガルが背後から飛びついた。牙が左肩へ掛かる。黒い膜が膨らみ、ガルの身体を押し返した。
空中で身を捻り、床へ着く。傷はない。鎧にも、牙の跡はなかった。
「正面は無理だ」
自分へ言った。黒鎧騎士の大剣が上がる。柱の陰へ転がった。刃が柱へ入る。
黒い金属が半分まで割れた。抜くまでに一瞬かかる。ガルが右の膝裏へ回った。噛みつかず、前脚で蹴る。
鎧の姿勢がわずかに沈む。俺は脇ではなく、膝の裏を斬った。薄い膜へ刃が食い込む。力を逃がさず押す。
黒煙が裂けた。鎧の継ぎ目に、細い傷が入る。
届いた。
そう思った時、左肩の近くで赤い光が瞬いた。黒煙が膝へ集まる。傷が閉じた。鉄の表面まで、何もなかったように戻る。
再生。
表示にあった言葉が、遅れて身体へ入った。黒鎧騎士が柱から大剣を抜く。走って離れた。ガルも同じ方向へ回る。
黒鎧騎士は追わない。広間の中央へ戻った。守っている場所があるのか。柱の間を回りながら見る。
左肩には、さっきの光がない。黒い板が一枚、鎧の上へ重なっているだけだ。もう一度、傷をつける。場所を変える。
「右へ振らせる」
ガルが俺を見た。大剣を持つ右側へ走る。黒鎧騎士の腕が下がった。ガルへ横薙ぎが来る。
黒い身体が床へ伏せる。刃が背中の毛を揺らして通った。俺は左から入る。兜の下へ刀を通す。
膜に触れた刀を押し込み、首の表面へ傷を残す。黒鎧騎士の左腕が伸びてきたが、今度は胸へ届く前に離れた。追撃せず、傷へ集まる黒煙を見る。鎧の四か所が光った。
左肩が最初に光り、次に右の腰、背中の中央、左膝の外側へ移った。同時ではない。最後に膝の光が消える。
首の傷も閉じる。鎧全体が再生しているんじゃない。四つの何かが、傷へ黒煙を送っている。黒鎧騎士が踏み込んだ。
さっきより速い。考えている間に距離を詰められていた。上から落ちる大剣を避けようと横へ出たが、風圧に肩を押されて膝をつく。黒鎧騎士はすでに刃を返していた。
次は横。
ガルが俺と大剣の間へ入る。
「来るな」
黒い背中が沈む。大剣が来る直前、ガルは前へ踏み込んだ。刃ではなく、黒鎧騎士の腕へ体当たりする。軌道が上へずれた。
ガルの肩を、剣の腹が掠める。黒い身体が床を滑った。止まらない。起き上がろうとして、右の前脚が一度沈む。
時間がない。左肩の板を見る。最初に光った場所だ。そこへ踏み込む。
黒鎧騎士は大剣を戻せていない。刀を縦に振る。技量同調で、刃先がぶれずに板の中央へ入った。黒い膜が押し返す。
両手で押す。腕の筋が軋む。板に赤い線が浮いた。刻印だった。
刃の下で、細い線が四角を作っている。天羽々斬を引き、一歩分の距離を作る。同じ場所へ突いた。赤い線が割れる。
黒い板が砕けた。黒鎧騎士の左腕が振られる。避けきれず、肘が頬へ当たった。床へ転がる。
口の中に血の味がした。ガルが立ち上がっている。右の前脚は床につく。黒鎧騎士の左肩から、黒煙が漏れていた。
砕けた板へ集まろうとして、途中で散る。傷が閉じない。
一つ目を壊した。それでも、腰と背中と膝に三つ残っている。黒鎧騎士が大剣を両手で持ち直した。左肩の隙間から煙を流したまま、こちらへ向く。




