第十六話 五十体
一日休み、四月九日の朝、開いた壁の先へ入った。靴は乾いたが、灰の臭いはまだ残っている。ガルは四属性の区画を通り過ぎ、あの時吠えた広い回廊へ鼻を向けた。
天井から、獣の肋骨に似たものが垂れていた。一本ずつが俺の胴より太く、床すれすれまで下がっている。ガルがその間を抜けた。
俺も続こうとして、骨の列が動いた。右から左へ。擦れ合う音を立てながら、通れる隙間がゆっくり移っていく。立ち止まった。
前の列が閉じ、後ろの列が開く。迷路そのものが動いている。
「戻れ」
ガルが一つ先の隙間から顔を出した。戻るより、俺が進むほうが近い。骨が開いた瞬間に走った。背中で列が閉じる。
ガルのいる場所まで届いた。すぐに、黒い身体が俺の脚へ当たる。押す方向は左だった。そちらへ身体を入れた直後、骨の矢が通り過ぎた。
肋骨の向こうに骨弓兵が二体いる。普通のスケルトンが二体。低い場所には墓犬が一体。さらに上で、フロートアイがこちらを見ていた。
合わせて六体いる。
互いの間を動く骨が、向こうには盾になっている。俺には壁だ。フロートアイの瞳に光が集まる。魔力弾が骨の隙間を通った。
避けた肩の横で空気が弾ける。次の隙間から矢が来る。ガルが伏せた。俺も身体を落とす。
骨弓兵とフロートアイは、動く壁の向こうでもこちらの位置を失わない。骨の陰へ隠れるだけでは駄目だ。俺とガルが離れ、狙う方向を分けさせる。
「上だ」
ガルが肋骨へ前脚を掛けた。閉じ始めた隙間を蹴り、上へ跳ぶ。フロートアイが追う。骨弓兵の矢も上へ向いた。
黒い身体が途中で骨を蹴り、横へ消えた。弓が上を向いている間に、俺は下を走る。最初の骨弓兵は弓を戻そうとしたが、その腕ごと斬って胸の核まで届いた。
もう一体がこちらへ矢を向けた時には、ガルが隣の足場へ着地していた。押し落とされた身体を俺が斬り、弦の音が途絶える。だが、横から走ってきた墓犬を捉える前に、動く肋骨が間へ入った。
見えなくても、爪の音は近づいている。ガルが短く吠えた。
右。
振り向かず、刀を横へ構えた。隙間を抜けた墓犬の前脚が刃に当たる。勢いを失ったところを鞘で床へ叩きつけ、胸の核を貫いた。
残る骨兵二体は、閉じる列の手前で足を止めていた。動かない今なら、剣を受ける必要もない。開いた隙間へ入り、一体目の剣を肋骨へ当てさせて首を払う。ガルに背を押された二体目も、前へ倒れてきたところを仕留めた。
足元へ敵は来なくなった。それでも頭上から、魔力弾だけが降ってくる。
最後のフロートアイが高い場所に残っていた。ガルが下を走って視線を引く間に、俺は動く肋骨へ足を掛けた。
一本目を蹴り、二本目へ足を掛ける。閉じる骨に挟まれる前に身体を上へ出すと、フロートアイがこちらへ向いた。近すぎて、黒い瞳しか見えない。光が集まる前に突いた。
刃が瞳の奥へ入る。白い膜が萎み、下へ落ちていった。骨の列が止まる。まだ終わりではなかった。
止まった肋骨の奥に、下り階段が現れている。ガルが先に下りた。階段の途中で鼻先を上げる。下から、いくつもの匂いが来ている。
俺にも、黒い泥と湿った骨の臭いが分かった。階段の先は円形の部屋だった。壁沿いに骨弓兵が二体。中央にはスケルトンが三体。
墓犬が二体、床へ伏せている。フロートアイは二体。九体全部が、入口を向いた。背後で階段が塞がる。
骨の板が下りていた。戻れない。フロートアイの光が強くなる。
「散れ」
ガルが左へ走る。俺は右へ出た。二つの魔力弾が、入口だった場所へ当たる。石と骨が砕けた。
右の骨弓兵が俺を追う。左の一体はガルへ矢を向ける。視界共有で狙いを一つにしていた前とは違う。こいつらは最初から分かれている。
中央の三体が俺へ来た。墓犬の一体はガルを追う。もう一体が、三体の陰へ隠れた。数を減らさないと、どこから手をつけても横から来る。
右の壁へ走った。骨の矢が追う。当たる直前で身体を落とす。矢が壁へ刺さった。
短い補助索を、その矢へ掛ける。端を引いた。結び目は作らない。引っ掛けただけの索が、胸の高さへ斜めに張る。
最初のスケルトンが触れた。索はすぐ外れたが、足が一歩止まる。後ろの二体がぶつかる。そこへ墓犬が飛び越えてきた。
高い。
腹の下へ入る。刀を上へ通した。黒い泥と一緒に核が割れる。着地する前の身体を蹴り、三体へぶつけた。
骨が絡み、三体ともこちらへ剣を向けられない。その間に二体を斬り伏せた。三体目は仲間を押しのけて剣を振ったが、もう間合いの内側にいる。半歩入り、柄頭で顎を跳ね上げて首へ刃を返す。墓犬と合わせて四体が、足元へ重なった。
息を吸う間もなく、魔力弾が来た。避けきれない。左腕へ当たり、身体が回った。痛みより先に指を動かす。
刀は握れている。右の骨弓兵が次の矢を番えていた。
矢を待たず、その懐へ走った。背中にフロートアイの光を感じたが、骨弓兵と重なったところで追撃が止まる。まだ動いている味方ごと撃つことはしないらしい。
弓を断つと、骨弓兵は腰の短剣を抜いた。その刃を鞘で外へ流し、胸の核を壊す。倒れる身体をフロートアイのほうへ蹴った途端、魔力弾が骨を砕いた。
その一発を待っていた。白い破片の向こうへ踏み込み、一体目の瞳を斬る。次を振り向いた時には、もう一体が天井近くへ逃げていた。
届かない。ガルを見る。左側では、墓犬が黒い肩へ噛みつこうとしていた。ガルは身体を沈め、牙を避ける。
ガルはそのまま墓犬の下へ入り、背中で跳ね上げた。浮いた灰色の身体へ走り込み、落ちてくる首を斬る。まだ開こうとする口を避け、胸の核へとどめを入れた。
左の骨弓兵がガルへ矢を向けた。
「伏せろ」
ガルが伏せ、矢が背の上を通った。次を番えるまでに距離を詰め、弓を持つ指から胸へ刀を返す。残りは、天井のフロートアイだけだった。黒い瞳が俺とガルを往復する。どちらかが近づけば、反対へ逃げる。
階段を塞いだ骨板を見る。表面が砕け、斜めになっていた。ガルへ指を向ける。
「あれだ」
先に走ったのはガルだった。骨板へ飛び乗る。傾いた板が、黒い身体の重さでさらに沈んだ。ガルが端を蹴る。
板が跳ね上がった。フロートアイがそちらを見る。俺は反対側の壁を蹴った。届かない高さを、板の端へ片足を掛けて埋める。
刀を振る。瞳の外膜へ刃が入った。前より浅い。腕の力が逃げている。
フロートアイが暴れる。落ちながら柄を両手で押した。刃が奥へ進む。黒い瞳が裂けた。
床へ落ちる。白い身体も、少し遅れて隣へ落ちた。音が消えた。九体とも動かない。
天羽々斬を床から抜く。その瞬間、表示が開いた。
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下層全域を初回制圧しました。
累計討伐数が50体に到達しました。
大月在真
今回獲得EXP:8,023
個体Lv:15 → 17
天羽々斬
武器Lv:10 → 15
武器能力〈技量同調〉を解放しました。
ガル
個体Lv:19 → 21
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【技量同調】
効果:力の逃げを減らし、剣術補正を武器出力へ全量通す。
制約:使い手の剣術を超える動作や自動命中は与えない。
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天羽々斬の柄が、手の中でわずかに沈んだ。形は変わっていない。握り直す。さっきまで手袋との間にあったずれが消えている。
軽く振ると、刃先が遅れずに止まった。勝手に動くわけではない。俺が止めた場所で止まる。ガルの身体も変わっていた。
肩が高くなり、濡れたように寝ていた黒い毛が厚く立っている。前脚を置いただけで、床の骨が砕けた。野生で会った時より、数字は上になっている。ガルは自分の脚を見なかった。
部屋の奥を見ている。閉じていた壁が上がり始めた。向こうには、黒い鉄の通路が続いている。骨も土もない。
壁と床の継ぎ目から、細い黒煙が漏れていた。ガルが一歩だけ近づく。喉の奥で低い音を出した。
「今日は戻る」
左腕がまだ痺れている。縁の欠けたヘルメットも、そろそろ替えたほうがいい。黒い通路の先で、金属が一度だけ鳴った。何かが歩いている音だった。




