第十五話 骨の回廊
一日置いて、もう一度下層へ入った。切れたロープは短い輪にした。膝当ての割れた部分には、薄い金属板を重ねてテープを巻いてある。店で売っているものを直しただけだ。骨の矢をもう一度受ければ、たぶん持たない。
骨弓回廊の先で、三本の道が口を開けていた。ガルは前と同じように、正面の暗がりを長く嗅ぐ。右の道へ手を入れると、湿った空気が皮膚へまとわりついた。左は乾いている。奥から来る風に、焦げた匂いが混じっていた。
分かる違いは、それだけだった。
「左から行く」
ガルがあれだけ気にしている道へ、最初に入る気にはなれなかった。左の通路は、歩くほど熱くなった。壁の割れ目へ赤い鉱石が挟まっている。
近づくと、胸の内側が同じ速さで脈打った。心臓とは少し違う。身体の中にある魔力が、熱へ引かれている。手を伸ばす。
赤い鉱石の光が強くなった。火は出ない。熱も動かせない。指先を離せば、脈打つ感覚も薄くなる。
適性があることと、使えることは別らしい。ガルが鼻を鳴らした。赤い鉱石ではなく、その向こうを見ている。灰の積もった部屋に、スケルトンが三体立っていた。
奥の高い足場には骨弓兵が二体。矢を避けて近づこうとすれば、三体が塞ぐ配置だ。前回と同じように下がれば、通路には遮るものがない。部屋の中を見る。
崩れた石柱が一本あり、足元には灰が積もっている。天井近くでは、赤い鉱石が光っていた。
「先に右」
ガルが低く走る。骨弓兵の一体が、弦をこちらへ向けた。もう一体はガルを追う。同じ相手を見ていない。
俺は石柱まで走った。矢が柱へ当たり、白い欠片が頬へ触れる。スケルトン三体が回り込んでくる。灰を蹴り上げた。
灰の向こうから剣だけが突き出てきた。刀で外へ流し、その腕に沿って踏み込む。首を断った一体目へ、次の骨兵が足を取られた。立て直す前に胸郭へ刃を通す。
背中へ回ろうとした三体目には、ガルが横からぶつかった。よろめいた首へ刀を返すと、遅れて放たれた矢がその胸を貫いた。ガルはもう離れている。俺も倒れる骨の身体を前へ押し、弓兵の足場の下へ滑り込んだ。
頭上で弦が鳴った。矢はすぐ横へ落ちたが、張り出した縁の真下までは届かない。俺は壁を蹴って縁へ手を掛け、次の矢を番えようとする手首を斬った。落ちた弓を踏み、胸の核へ刀を押し込む。
足場の向こうで、ガルがもう一体を追い落としていた。床へ降り、立ち上がる前に首を断つ。そこで初めて、口の中が灰でざらついているのに気づいた。咳を一つすると、部屋の奥で赤い鉱石が一斉に暗くなる。床の石板にだけ、赤い線が一本残った。
引き返すと、三つの道があった場所で壁が動いていた。左の道は閉じ、中央の壁に赤い線が移っている。右へ入った。膝の下まで水が溜まっていた。
靴の中まで水が入り、熱を持っていた足が冷えた。足首から魔力が薄く広がり、水面に青い筋が伸びる。これを押し広げれば、水を退かせるのか。意識を向けた途端、筋は消えた。
足を引いても、靴の中の水は減らない。まだ使い方が分からなかった。ガルも進みにくそうに前脚を上げる。鼻先はほとんど水面へついており、匂いを取ろうとしては立ち止まった。
代わりに、水面の揺れが見える。前からではない。右の壁際から、細い波が来ている。
「いる」
刀を抜いた時、墓犬が水の中から飛び出した。泥と骨の身体が、青い水滴を散らす。横へ避ける。着地した前脚が水へ沈んだ。
水の抵抗で、前より動きが遅い。前脚の関節へ刃を入れると、墓犬は顔から水へ沈んだ。その背後で、もう一体がガルへ飛びかかる。ガルの脚も水に取られ、いつもの速さで離れられなかった。
牙が肩の毛を捉えた。ガルは逃げるのをやめ、身体を捻って相手ごと水へ倒れ込む。俺は足元の一体にとどめを刺し、水を蹴って駆け寄った。押さえ込まれた墓犬の胸郭を水越しに見定め、核へ刀を差し込む。
青白い光が、水の底で滲んで消える。奥の階段へ近づくと、普通のスケルトンが二体下りてきた。濡れた床では、向こうも足が遅い。剣の振りに合わせて横へ回り、二体とも首を落とした。
最後の骨が水へ沈む。壁を流れていた水が止まった。青い線だけが、石板へ吸い込まれていく。分岐へ戻る。
右の道も閉じていた。残っているのは正面だけだ。赤と青の線が、その入口の両側へ伸びている。ガルはさっきより強く鼻を鳴らした。
正面の通路には風があった。奥からではない。一定の間隔で、吸い込まれたり、押し返されたりしている。息をする穴の中へ入っているようだった。
壁には緑の鉱石があり、床には茶色い筋が走っている。一歩進むたび、足裏が重くなる。次の一歩では、背中を風に押された。
土と風。
そう思った途端、魔力が足と胸へ分かれた。どちらへ流せばいいのかは分からない。勝手に反応して、すぐに散る。通路の先で、丸いものが浮いていた。
人の頭ほどの大きさがある。白い膜の中央に、黒い瞳が一つ。その横にもう一体。
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【フロートアイ】
種族:魔眼
種族格:I
Lv:10
主要特性:浮遊、魔力弾、視界共有
弱点候補:瞳孔、外膜接合部
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二つの瞳が同時に俺を見た。胸が押された。風ではない。透明な塊が当たり、通路の外まで転がる。
ヘルメットが床を打った。立ち上がる前に、骨の矢が飛んでくる。入口の左右に骨弓兵が一体ずついた。奥にはスケルトンが二体。
フロートアイが見た場所を、全部が見ている。ガルが右へ走った。二つの瞳が追う。骨弓兵の弓も右へ向く。
「戻れ」
ガルが急に反転した。矢が遅れて、誰もいない床へ刺さる。視界を共有しても、身体が同じ速さで動くわけではない。俺は左の壁へ寄った。
風が押す瞬間に踏み込む。背中を押され、思ったより前へ出た。左の骨弓兵へ届く。弓を斬り、胸の核を壊す。
スケルトン二体が来た。床の茶色い筋へ足を乗せると、身体が急に重くなる。俺だけではない。追ってきた二体の膝も沈んだ。
足が重くなる場所なら、もう知っている。俺はその場で膝を曲げ、勢いを止められずに屈んだ一体の首を払った。もう一体の剣も、立て直す前に鞘で止めて胸を貫く。土を動かせなくても、相手が踏む場所は選べた。
右では、ガルが骨弓兵の足場へ飛びついている。フロートアイの一体が低く下りた。
黒い瞳の奥に光が集まる。魔力弾が来る。見えていても、今の位置からガルは避けられない。床を蹴った。
緑の鉱石が光り、横から風が来る。身体が流れた。狙った距離より遠い。それでも、フロートアイとガルの間へ刀を入れられた。
透明な塊が刃へ当たる。腕が痺れた。刀は離さない。ガルが骨弓兵を床へ落とす。
俺はその胸を踏み、核へ刃を落とした。残るのは二つの目だ。離れていれば、互いの死角を埋める。
「片方を寄せろ」
ガルが通路の奥へ走る。一体だけが追った。もう一体は俺を見ている。視界は共有しても、狙う相手は分かれる。
魔力弾が集まる前に、壁を蹴って浮いた身体の下へ入った。真上の瞳孔へ突きを入れると、柔らかい膜の奥で刃が硬いものへ触れる。柄を捻った途端、白い身体が萎んだ。
ガルを追った一体が戻ってくる。その背後から黒い牙が外膜へ掛かり、床へ引き下ろした。ガルの口元を避け、暴れる瞳へ刀を入れる。
光が消えると、背中を押していた風も止んだ。足裏の重さがなくなり、踏ん張っていた膝が余計に伸びる。床へ手をつきそうになって、ようやく身体を起こした。
赤、青、緑、茶の線が、通路の中央へ集まっていく。奥の石壁が四つに割れた。
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四属性封鎖区を初回突破しました。
大月在真
今回獲得EXP:9,249
個体Lv:11 → 15
ガル
個体Lv:15 → 19
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熱が全身へ回った。さっき打った背中の痛みが薄くなる。なくなったわけではない。ヘルメットの縁は欠け、手袋には骨剣の筋が残っている。
開いた壁の前で、ガルが止まった。その先は、また骨の回廊だった。今までより広い。床に散った足跡も多い。
火も水も土も風も、俺の中へ残っている感じはしなかった。呼べと言われても、呼び方が分からない。ただ、触れた時の違いだけは覚えている。ガルが暗闇へ一度吠えた。
遠くで、いくつもの骨が動く音が返ってきた。
ガルはまだ進もうとしたが、俺が引き返すとついてきた。足を上げるたび、靴の中で水が鳴る。今日は着替えて眠りたかった。開いた壁の位置だけ紙へ書き足し、地上へ戻った。




