第十四話 下層へ
翌朝、勝手口の前で片目ずつ閉じた。物干し竿の先が、どちらで見ても同じ場所にある。石段を下りても、段差はずれなかった。右目に残っていた見え方の違いは、消えている。
何度も確かめているうちに、ガルが先で振り返った。
「行く」
返事の代わりに、尾が一度だけ動く。新しいヘルメットは、顎紐が耳の下へ擦れた。厚手の手袋も、天羽々斬の柄を握るには少し硬い。それでも、頭を布一枚で守るよりはいい。供給室を抜け、スケルトンナイトの鎧が崩れた石室まで来る。
黒い染みは床へ残っていた。開いた扉の先には、緩い下り坂が続いている。冷たい空気の中に、濡れた土の匂いが混じっていた。ガルが先へ出る。
十歩も行かないうちに止まった。耳は前を向いているのに、鼻先は足元へ下がっている。俺も止まり、懐中電灯を床へ向けた。灰色の石の間に、細い溝がある。
自然に割れたものではない。通路を横切るように、端から端まで続いていた。ロープを解き、先へ金具を結ぶ。結び目を二度引いて確かめてから、溝の向こうへ投げた。金具が床を滑る。
溝へ触れた瞬間、壁から白い棒が飛び出した。反対側の壁へ突き刺さる。骨だった。人の腕ほどの長さがある。
遅れて二本、三本。立ったまま進んでいたら、胸と腹に入っていた。ガルが低く唸る。
「匂いで分かったのか」
俺を見ず、溝の手前を嗅ぎ続ける。罠そのものではない。溝に残った、何かの匂いを拾ったらしい。飛び出した骨を抜き、溝へ差し込む。
もう何も出ない。俺が先に跨ぎ、ガルが続いた。通路はすぐに広くなった。壁の途中に、細長い穴が左右へ並んでいる。
奥から石を擦る音がした。ガルの身体が沈む。穴の一つへ、白い指が掛かった。骨だけの身体が出てくる。
手には弓を持っていた。表示を開く。
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【骨弓兵】
種族:スケルトン
種族格:I
Lv:5
主要特性:骨矢生成
弱点候補:頸椎接合部、胸郭内の魔力核
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隣の穴から、もう一体。床へ着く前に、骨の矢が弦へ生まれる。
「右を頼む」
ガルが右へ走るのに合わせて、俺も左の骨弓兵へ向かった。放たれた矢へ頭を下げると、白いものがヘルメットを掠め、後ろの壁で砕けた。
首は竦んだが、次の矢を待つわけにはいかなかった。二射目を番える腕へ、鞘ごと天羽々斬をぶつける。細い骨が外へ曲がった。
刀を抜く。胸郭の隙間を狙った刃が、肋骨へ当たる。一太刀では届かない。骨弓兵が折れた腕で俺の顔を掴もうとした。
身体を寄せ、肋骨の内側へ刃先を滑らせる。青白い光に触れた。
捻る。
核が割れ、骨の身体が崩れた。右では、ガルがもう一体を押し倒し、弓を踏んでいる。首へ噛みついても折らず、俺が来るまで押さえていた。
その胸郭の隙間へ刀を差し込み、青白い核を貫いた。光が消えてからガルが牙を離す。直後、奥の壁が開いた。普通のスケルトンが四体、重なるように出てくる。弓を囮にしていたのかもしれない。
先頭の剣を受ける。手袋の中で柄がずれた。握り直す間に、二体目の骨剣が横から来る。ガルが体当たりで軌道を逸らした。
狭い通路で、四体を一度に相手にはできない。
「戻る」
罠の溝まで下がる。ガルは俺の前へ出ず、横を走った。追ってきた先頭が溝を踏む。作動し終えたはずの穴から、短い骨が一本だけ飛び出した。
骨は先頭の脛を貫いた。倒れた身体に後ろの三体が詰まる。その隙に先頭の首を断ち、乗り越えようとした二体目の胸へ返す刃を入れた。
ガルが最後尾の足へ噛みつき、列から引き剥がす。残る手前の一体を狭い通路へ誘い込み、剣を壁に当てさせて倒した。最後にガルの押さえた四体目へ刀を入れる。ヘルメットの内側は汗で濡れていた。冷たい通路なのに、息が熱い。
片目ずつ閉じて床の骨を見た。両目を開いても、像は重ならない。さっきは矢を見失わずに近づけた。足元を確かめ直さず歩けることが、妙に嬉しかった。下り坂の終わりで、床が土へ変わった。
墓石に似た平たい石が、腰の高さまで並んでいる。ガルが俺の膝へ鼻先を当てた。止まれという時の動きだった。何も見えない。
表示も出ない。ガルの鼻だけが、右から左へ動いている。土が盛り上がった。灰色の獣が飛び出す。
犬に似ていた。皮膚はなく、骨の隙間へ黒い泥が詰まっている。その後ろから二体。
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【墓犬】
種族:不死獣
種族格:I
Lv:7
主要特性:伏撃、群れ連携
弱点候補:頸部、前脚関節
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一体目が俺へ来る。二体目は横へ回った。三体目は動かず、土の陰で腹を落としている。目の前だけを見れば、後ろから来る。
「ガル、後ろ」
黒い身体が俺の背中側へ回る。最初の墓犬を正面へ迎える。
速い。
牙を避けたつもりで、袖が裂けた。前脚が肩へ当たり、半歩下がる。刀を振る場所がない。鞘尻を、床についた前脚へ落とす。
関節が外れた。倒れた首へ刃を入れる。泥の奥で、青白い光が消えた。左から二体目。
ガルが横腹へ噛みつき、勢いのまま墓石へ叩きつける。骨が割れる。それでも墓犬は口を開けた。俺の刀が先に首を断つ。
三体目が土から出た。狙いはガルだった。背後へ飛びつく。
「下がれ」
ガルが身を沈める。墓犬の腹が、俺の前へ浮いた。天羽々斬を下から通す。黒い泥が降った。
核の位置は見えない。落ちた墓犬の首を踏み、胸へ二度刃を入れた。光が消える。土の部屋を抜けた先にも、骨弓兵が二体いた。
今度は矢が飛ぶ前に、壁の穴を見つけた。俺がロープを投げて射線を作らせ、ガルが横の低い隙間から回り込む。普通のスケルトン四体が立ち塞がったが、さっきの四体ほど密集していない。一体ずつ、ガルが脚を止める。
足を止めた順に、俺が斬り倒していった。骨剣には押されなくなっている。それでも奥の弓へ目をやるたび、次の一体へ踏み込む足が遅れた。最後の骨弓兵を倒すまでに、矢は七本飛んだ。一本がロープを切り、一本が膝当ての表面を割って止まった。
残りは壁と床にある。ガルの肩にも、浅い線が一本増えていた。通路の奥で、石の格子が上がる。
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骨弓回廊を初回突破しました。
大月在真
今回獲得EXP:6,442
個体Lv:8 → 11
ガル
個体Lv:10 → 15
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身体の奥が熱くなる。膝へ入っていた力が抜けかけ、壁へ手をついた。ガルが格子の向こうを嗅ぐ。先は一つではなかった。
細い通路が、左右と正面へ分かれている。右からは湿った風。左からは、灰のような匂い。正面の暗闇では、水が一滴ずつ落ちていた。
今日は、ここまでにする。切れたロープを拾う。片方は短くなったが、持って帰れば使い道はある。ガルは三つの道を順に嗅ぎ、最後まで正面から鼻を離さなかった。
正面から引き離して地上へ戻るまで、ガルは何度も後ろを振り返った。




