第94話「侵食」
「……全部来い」
踏み込む。
“それ”の圧が上がる。
空間が歪む。
時間がズレる。
存在が薄れる。
輪郭の端から、自分の形だけ先にこぼれていく。
腕を上げたつもりなのに、感覚だけが少し遅れて戻ってくる。
握っているはずの剣の重さも、一瞬だけ遠い。
「……来るぞ」
何も見えない。
だが——。
「……分かる」
回避。
——遅れて衝撃。
それだけじゃない。
在真の腕の輪郭が、わずかに薄くなっていた。
見えているのに、そこに自分の腕がある実感だけが遅れる。
指を動かす。
動く。
だが、自分のものだと感じるまでに変な間があった。
「……削られてるな」
「……これか」
「……存在ごと削る」
神崎が叫ぶ。
「おい! それヤバいぞ!」
レオンが低く言った。
「……侵食だ」
「……なるほどな」
在真は笑う。
「……気味悪いな」
踏み込む。
「……削るなら」
剣を構える。
「……こっちもだ」
斬る。
「——斬る!」
——ガキンッ!!
衝突。
今度は違う。
在真の刃が、“それ”の側の輪郭をわずかに削っていた。
「……削れてるな」
“それ”の一部が、薄く消える。
『侵食確認』
「……そうだ」
笑う。
「……なら通る」
「……なら」
踏み込む。
「……速さ上げる」
連続。
呼吸も、未来視も、領域も、全部を一段上げる。
「……重ねる」
——ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!!
“それ”が揺れる。
だが、次の瞬間、空間が閉じた。
「……っ」
動けない。
見えない檻じゃない。
前へ出るという結果だけを、途中で固定された感覚だった。
足を出したつもりなのに、踏み込んだ先だけが消えている。
体は前へ行こうとしているのに、結果だけがそこへ届かない。
「……固定か」
そのまま、存在が削られる。
痛みというより、自分の端から順番に欠けていく寒気だった。
指先から先に、自分じゃないものへ変えられていくみたいで嫌だった。
「……来るな」
だが——。
「……遅い」
無理やり動く。
閉じた空間を、領域で押し割る。
「——斬る!」
——バキィッ!!
今度は大きく入った。
「……入ったな」
“それ”が初めてはっきり揺れる。
『……異常』
静寂。
在真は笑う。
「……効いてるな」
「……効いてる」
その瞬間、“それ”の気配がさらに変わった。
神崎が顔をしかめる。
「これ終わり見えねぇぞ!」
レオンは首を横に振る。
「……違う」
「……変わる」
“それ”が形を変える。
今までより明確に。
曖昧に重なっていたものが、ひとつの在り方へ収束し始める。
空気の噛みつき方が変わる。
次はもっと近いところから来る。
そう分かるより先に、肌が嫌がった。
「……出るな」
次の段階。
「……まだあるか」
剣を構える。
「……ここからだ」




