第五章 小さな一歩、遙かな道へ
すぐ目の前には無人の運動場があり、その奥には背の低い民家の屋根が見える。更に遠方を見るとマンションだろうか、やたら高い建物がぽつぽつとある。
いつもと変わらない教室の窓からの景色を、私はぼんやりと眺めていた。
「――桃ちゃん!」
突然、優の私の名を呼んだ。
「あ、何?」
「何?じゃなくて。早く食べないと給食終わっちゃうよ」
「あっ」
優に言われて、今が給食の時間だった事を思い出す。
すぐ目の前には焼きソバ、コロッケ、ほうれん草のお浸しが盛りつけられていた。
「そうだね、早く食べないとね」
そう言って私は焼きソバに箸を付ける。
私の箸の色は赤色で、茶色い焼きそばに付けるとちょっと目立つ。
「桃ちゃん!」
「え?」
またしても優が呼び、私は顔を上げた。
「な、何?」
私が尋ねると、優とその隣にいた綾子は顔を見合わせて肩をすくめた。
意味ありげな二人の仕草にあたしは軽く笑って、
「何よ、そのリアクションは?」
「ううん、何でもない」
優はそう答えると、逆に私に尋ねてきた。
「それで、桃ちゃんはルーク君とカリュちゃんの事、どうするつもりなの?」
「それは……」
ルークとカリュの置き手紙を読んだのが一昨日の事。その日は、何かの悪ふざけかと思って家中探したが見つからなかった。
そして、それから二日間、二人は完全に私の前から姿を消した。
「どうするなんて聞かれても……二人が居なくなった理由すら分からないんだし、どうする事も出来ないよ」
私はそう言って、再び窓の外に視線をやった。
その瞬間、
ダン、と両手で机を叩き、綾子が立ち上がった。
綾子は私の傍まで来て、
「ちょっと来なさいな」
静かに、しかし、有無を言わさぬ迫力でそう命令して、私を引っ張って行く。
「ちょっと、まだ給食が」
私の言葉に、全く聞く耳を持たず、更に教室中から注目が集まるのもお構いなしに綾子は歩き続けた。
教室を出てもその足は止まらず、到着したのは玄関だった。
綾子は下駄箱から靴を取り出すと、私の前に着きだした。
「私の靴じゃない……どういうつもりよ?」
「それ履いて、ルーク君達を探しに行きなさい」
「何言ってるのよ?まだ午後からの授業もあるし、部活だって」
「先生にも、ソフトボール部の人たちにも私が適当に話をつけておくから」
「でも……」
「いいから行きなさい!」
食い下がる様に呟いた瞬間、綾子は大声で怒鳴った。
何時も静かな口調の綾子にしてはホントに珍しい姿で、その迫力たるや、私が口を閉ざるを得ない程だった。
「何時までもウジウジと悩んで!今のあなたは見ていて気分が悪くなるわ!ルーク君達の事が気になってるくせに、何で行動しないのよ!どうせ『嫌われたんだ』なんて自分で勝手に思いこんで足が鈍っているだけでしょう!?」
痛烈な言葉が私の胸を締め付ける。
「あの二人はあなたにとっての何!?友達でしょう!だったら落ち込む前に考えなきゃいけない事が、やらなきゃいけない事があるでしょう!」
図星だった。
綾子の言う通りルークとカリュが姿を消した時、私は二人に嫌われたのだと思った。
でも、そんな事より心配すべきは二人の身の安全だ。憲兵隊がすぐ近くにいる今、外出するだけでも危険なはずだ。
私はバカだ、そう思うと一層胸が痛み、涙が出てきそうになったが、ぶんぶんと頭を振ってその感情を追い出した。
泣いてる場合じゃない、一刻も早くルーク達を見つけなきゃ。
すると綾子が、一転して優しい口調で、
「桃、友達に嫌われているかもしれないというのは、ものすごく怖い事よ。でも、それを勇気を持って乗り越えなければいけない時もある。私はそう思っているわ」
「……うん」
私は頷くと、突きつけられている靴を掴んで急いで履いた。
そして駆け足で、学校を飛び出した。
ありがとう、綾子。お陰でなんだか気持ちが晴れてきた。
口にするのは流石に小っ恥ずかしかったので、心の中で私は親友に感謝した。
「嫌われる恐怖を乗り越えなければならない。それって正に今の綾ちゃんの事だよね?」
「ゆ、優さん!?何時の間に!?」
「何時の間も何も、最初からついてきてたよ。でもいいなぁ。綾ちゃんと桃ちゃんは親友って感じがして」
「親友?腐れ縁というヤツですわ」
「あはは、照れてる。綾ちゃんってさぁ、ツンデレだよね」
「ちがっ……もうっ、教室に戻りますわよ」
私は肩で息をしながら、道の脇にある電柱に手をついた。
勢いよく学校を飛び出した……までは良かったんだけど、一体何処を探せばいいのか、検討もつかない。
家に帰ってるって事は絶対にないし、その他であの二人が行きそうな所と言えば……だめだ、思い浮かばない。二人と一緒に行った所を思い出すと、学校と、商店街くらいだけど、当たり前ながら学校にはいなかった。
それなら、まず商店街を探してみよう、と商店街に向かって歩き出した時、
「……あの」
背中から女の子の声が聞こえた。
振り返って後ろを見たが、しかし、誰の姿も見えない。
「気のせいかなぁ」
幻聴でも聞いたのだろうか、そんなに疲れてたりはしないんだけどなぁ。
「下ですよ、下」
またしても聞こえた声の言うまま、下を向くと、私の足下に小さな女の子が立っていた。
一目で分かる、明らかに地底人だった。
なんで、こんな所に地底人が……と、よく見てみると、
「……あんた確か、この間UFOキャッチャーの中に居た子だよね?」
「ええ、覚えていてもらえたのですか」
私が言うと、少女は満面の笑みを浮かべた。
「えっと、名前はカラーだったっけ?」
「カーラです!地味に間違えないでください」
うっ、素で間違えた。
いやでも、あの時の、あの状況で名前を覚えるなんて、普通、出来るわけがないと思わない?……って、私は誰に向かって自己弁護してるんだろう。
「まぁ、名前の事は良いですわ。それより、もも様、ちょっとお時間をいただけませんか?」
「うん……あ、いやいや」
頷きかけて、慌てて私は首を横に振った。
こんな所で時間を潰している訳にはいかないのだった。一分、一秒でも無駄にしていては学校を飛び出した意味がない。
「悪いんだけど、今は時間がなくて――」
私が言い終わる前にカーラが言葉を被せる様に言った。
「ルーク様と、カリュ様を助けていただきたいのですが」
「え?」
今、何て?助ける?
思わぬ一言に、私は耳を疑った。
「あなた、ルーク達が何処に居るのか知っているの?」
「ええ、知っています」
一瞬、カーラの表情が陰った。
その顔に嫌な予感を感じたけど、そんな事どうでもいい。
「教えて!あの二人は何処にいるの!?」
「それは、彼らを救う手助けをしてくれるという事ですか?」
私は力強く頷いた。
「彼らは憲兵隊達の所にいます」
「そんな……」
私は口を塞いで後悔した。私が二日もボケッとしてるから、捕まってしまったんだ。
そんな私に、カーラは優しく微笑んで、
「もも様が悔やむ必要はありませんよ。彼らの方から憲兵隊の元へ行ったのです。形としては『自首』と言う事になりますけど」
カーラの言葉も、私には慰めにはならなかった。元々、二人が出て行かせた原因は十中八九、私にあるのだから。
ただ、今は落ち込んでいる場合じゃない。
「で、どうするの?」
「彼らを憲兵隊の元から救出します」
「救出って……」
私の頭に幾つかの疑問符が浮かんだ。
「そんな事して大丈夫なの?カーラだって地底人なんだから、一緒に犯罪者として捕まえられるんじゃない?」
「ご心配には及びません。私たちの法は地底でのみ有効なものでして、地上にいる間は罪として認められないようになっています」
「………………」
いまいち理解が出来ない私は、つい顔をしかめてしまう。
「つまり、ルーク様、カリュ様は地上にいる間は罪人ではないと言う事です。罪人では内皮とを助けたからといってそれは罪にはならないでしょう?」
「それは、えっと、地底に連れて行かれる前ならば助けられるって事?」
「そう言う事です」
法律の事はよく分からないけど、そうものなのかな?何か違う気がするんだけど、まぁ、今更地上と地底の違いを気にしても仕方がないか。
「でも、危険な事に違いはないんでしょ?失礼な言い方かもしれないけど、何で、あなたがそんな事をしてくれるの?」
私は次の疑問をぶつけた。
カーラが何か悪巧みをしていると思っているのではないが、何かしらの裏がある様な気がしてならない。
「それは……」
口ごもるカーラ。
「ルーク様達に助けて貰ったから、その御恩返しにと言う理由だけでは納得していただけませんか?」
その言い方に、やはり何かあるのだと確信したが、
「分かった、その言葉を信じるよ」
今は信じるしかないのだから。
そして、最後にもう一つだけ疑問が残っていた。
「ねぇ、カーラ。助けるのはいいけど、ルーク達はそれを望んでいるのかな?」
「それは、私には答えられない質問ですわ」
「そう、だよね」
やはり、まずはルーク達に会って話をしなくてはいけないようだ。
「それで?具体的にどうすれば良いの?」
「彼らは今、地底の入り口に向かっています。地底に行かれてはおしまいですから、まずは急いで彼らを追いかけましょう」
街の外れにある小さな山の中。
その中腹辺りの茂みの中で、私は少し下の山道を見下ろしていた。
「えっほ、えっほ」
全身黒ずくめの地底人達が、大きな籠――と言っても、地底人から見ると、だが――を二人一組で担ぎながら走っていた。
てか、かけ声とか、籠で運ぶとか、なんで江戸時代風なの?
あれ?でも、籠が二つ?中に入っているのが、ルークとカリュだとして、トロッキーはどうしたんだろう?
それにしても、この山の何処に地底への入り口があるのか知らないけど、山道だし、そんな調子では着くまで体力が持たないんじゃないかな。
「よーし、この辺りで休憩だ」
案の乗、疲れたらしく、リーダーのデビスが言って、憲兵隊は籠を地面に降ろした。
「あー、もう!何回休んでるんだよ!」
籠の片方からルークの喚く声が聞こえた。
「ええい、喧しいわ!最近運動不足なんだぞ!無理してギックリ腰にでもなったらどうしてくれる!」
ギックリ腰って地底人にもあるんだ、と妙な所で感心してしまった。
「だから、俺たちも歩くって言っただろ!」
「罪人は籠で運ばなくてはならないと規律で決まっておる。それを破る事は、憲兵隊のプライドにかけて出来ない!」
「はんっ。のろまな憲兵隊にプライドなんてあるのかよ?」
「貴様!罪状に憲兵侮辱罪も加えるぞ!」
激昂して口げんかを始めるルークとデビス。
あのおっさん、休憩なのに余計に体力使ってない?
これじゃあ、『入り口』までどれだけ時間が掛かるか知れたものじゃない……私には好都合なんだけど。
何にせよ、今が二人を救い出すチャンス。私はピンポン玉サイズのゴムボールを四つ、手に取った。ここに来る途中、通り道にあったおもちゃ屋で買ったものだ。
これを憲兵隊にぶつけて、怯んだ内に別の場所に隠れているカーラが二人を救い出すというものすごくシンプルな作戦だ。
私をさらった憲兵隊とは言え、物を投げつけるの気が引けるけど、結構柔らかいゴムボールだし大丈夫だろう。
慎重に狙いを定める。ボールは四つしかないので一つも外せない。
よしっ。
自分の中でかけ声をかけて、ゴムボールをまずはデビスに向かって投げつけた。
「大体、貴様は憲兵隊に対する畏敬の念というものがぐはあっ!」
見事直撃して吹っ飛ぶデビス。
「ああ、ボスんぎゃ!」
「がはっ!」
「ぐへっ!」
デビスに注意が向いている隙に、他の憲兵隊達にもゴムボールは命中した。
うん、今日は調子がいい。ここまで上手くコントロールが出来るとは。
「今だ、カーラ!」
私が呼んだ時にはカーラはもう行動していた。
籠の扉を開けてルークとカリュを外に出した。
「あ、あんたは」
「カーラさん?」
「話は後です、来てください」
驚く二人をカーラは半ば強引に引っ張り、私の方へ向かってきた。
ルーク達は、私の姿を見て更に驚く。
「!……桃」
「……桃さん」
ルークとカリュの表情が曇り、気まずい空気が流れる。
その空気に私も、口を開くのを躊躇ってしまう。
でも、だめだ!どんな気持ちも口にしなくちゃ伝わらないし、分からない。
「何で勝手に出ていったりしたのよ!心配したじゃない!」
「それは……俺たちが居ちゃ、迷惑なんだろ?」
「迷惑?」
「だって、俺たちが来てから大変事ばかりって言ってたじゃないか。それって、迷惑だって事だろ?」
「あたしたち、桃さんに迷惑をかけているとも気付かず……だから、出ていったんです」
それを聞いた私は怒るでも、呆れるでもなく、笑ってしまった。
「あはは、なんだ、そんな事を気にしたんだ?」
「な、何が可笑しいんだよ?」
「可笑しいわよ。いい?確かにあんた達は大変な事や厄介な事ばかり起こすけど、別に嫌な訳じゃない。私も結構楽しんでるし、迷惑なんかじゃないよ」
「でも……」
「それにね、迷惑だったとしても、大切な友達に駆けられる迷惑なら、私は喜んで被るよ」
「友達……俺たちが?」
「私はそう思ってるけど、違う?」
ぶんぶんと首を横に振るルークとカリュ。
「良かった」
私はその仕草に安心した。どうやら、嫌われてはいなかったみたい。
「ええい、貴様ら!我々をぶっ飛ばしておいて和やかに話してんじゃねぇ!」
「なんだ、デビス。まだいたのか」
「なんだその言い草は!ええい、お前達、デカ女もろとも捕まえてやれ!」
「了解です、ボス」
「お待ちなさい!」
可愛らしい声が憲兵隊の動きを止めた。
「カーラ!」
「皇女!」
凛としたカーラの姿に、私たちと憲兵隊の声が重なった。
え?今、皇女って言った?
ルークとカリュを見ると、彼らも初耳だと首を振った。
「あんた、皇女だったの?」
「こら!皇女に向かって何という口の利き方だ!?」
「よろしいですわ、隊長さん」
小さく手を上げ、デビスをなだめるカーラ。
その姿は確かに皇女と言っても不思議ではない品格が漂っていた。
「国では確かに私は皇女ですが、地上人に対してはただの一地底人でしかありません。彼女が敬語を使わなくてはならない道理など無いのです。それに私は皇女と言っても王位継承順位は第一九位ですから、大して偉いわけでも無いですし」
ああ、やっぱり前言撤回、一方的に話されるとやっぱりこの早口が気になって品格どころじゃないわ。
「な、何故あなた様が地上に?」
先程までの態度はどこへやら、手まで揉んで低姿勢になっている。
「あんたとデビスって知り合いだったの?」
「ええ、まぁ」
苦笑いをしながら頷くカーラ。
この様子からすると、知り合いになりたくはなかったんだろうなー。
「隊長さん、私が地上にいる理由などどうでもいいよろしいでしょう?それより、こっちの二人の身柄は私が預からせて頂きます」
「そ、それだけはいくら皇女の言葉でも聞く訳にはいきません。ルーク・アイソトープ、カリュキュール・レイトは脱地底禁止法違反の重罪人です。憲兵隊の誇りにかけても、こいつ等はなんとしてでも逮捕しなくては――」
「その法は直に無効になります。逮捕する必要はありません」
「何故です!?」
首を横に振られ、納得できずにカーラに詰め寄るデビス。
それには直接答えずにカーラは遠い目をして語り始めた。
「長い間、私たちは地上人の目を逃れて地底で生きてきました。それは、圧倒的な体格や数の差がある地上人に侵略行為をされたら防ぎようが無かったためです。そのため、私たちは地上人にその存在すらも知られる訳にはいかず、脱地底禁止法を制定して厳しく取り締まってきました」
……何を言いたいのだろう、この人は?
恐らく、私だけ、デビスだけではなく、ここにいる全員がそう思っているだろう。
だが、それをツっこむ間を与えず、カーラは次々と言葉を紡ぐ。
「しかし、最近の地上人は理性的な種族になってきており、一方的な侵略行為などしないだろうと、期待が持てるようになりました。そこで、私たちは決めたのです、これからは地上人との交流を持つ事を。この旨は一~二週間後には地底で報道されるでしょう。そして、それに先駆けて『トランスエッジ』政府は脱地底禁止法を廃止する法案を提出したのです」
「……と、言う事は、我々がルーク・アイソトープを逮捕しても……」
恐る恐る尋ねるデビス。
「仮に逮捕したとしても数週間後には法律自体が無効となる訳ですから、裁判で刑が確定する前に釈放という事になります」
「そ、そんなぁ」
力が抜け、がっくり肩を落とすデビス。
このおっさんはルークを捕まえるためだけに地上に出てきたのだ、それが無意味だと言われればショックを受けて当然か。
しかし、
「いや、待って下さい」
何を思いついたのか直ぐに立ち直って不敵に笑うデビス。
「数週間後、と言う事は、それまでは逮捕・拘束をしても構わないと言う事ですな、皇女?」
「ですから、それは無意味――」
「意味など関係ありません!これは憲兵隊としてのプライドの問題なのです!」
声を張り上げるデビス。うかつにも、ちょっと格好いいと思ってしまった。
それに対抗する様に、ルークも声を張り上げる。
「だったら、こっちはメタリックウイングのチャンピオンのプライドにかけて、のろまな憲兵隊などに捕まってやるものか!」
「ええい、そこまで言うのならば本気で叩きのめしてくれる!出でよ、フォルティッシモ!」
がぎゃがぎゃがぎゃ。
デビスが呼ぶと、その後ろの木々をなぎ倒しながら、この間のロボットが現れた。
「えええええええええええええ!?何処から出てきたのよ!?」
こんなでかい物、その辺に隠していました、では説明が付かない気がするのだが。
「ええい、デカ女のくせに細かい事を気にするヤツだな!」
「だから、デカ女って呼ぶな!」
「喧しい!いいか、デカ女。姿は見えなくとも呼べば何処からともなく現れる、それが巨大ロボットと言うものだろうが!」
無茶苦茶だこの人。まるで、理屈になっていないじゃないか。
しかし、一人だけ、それに共感した者がいた。
「なかなか分かってるじゃないですか、デビスさん」
「カ、カリュ?」
普段と異なるカリュの姿に驚く私に、ルークが耳打ちをした。
「あいつは、頭に『ど』がつく程のメカオタクだからな。機械の事になると人が変わるんだよ」
「なるほど」
なんか、見てはいけない一面を見てしまった気分だ。
カリュは右手を高々と挙げて、
「来て!トロッキー!」
「きゅお~ん」
独特の鳴き声を発しながら、上空からトロッキーが現れた。
こいつも、一体何処にいたんだ?
気になる事は気になったが、それでもその小さい体なら、何処に隠れていたとしても不思議じゃないと、ロボットの時程はびっくりしなかった。
前からルークとカリュの順でトロッキーに跨る。
「よし、あんなデカ物、ぶっ倒してやる!」
大声で気合いを入れるルーク。
「ボ、ボス。やる気になってますよ」
「ええい、弱気になるな!」
ルークの気迫に、怖じ気づいた部下に喝を入れるデビス。
「ヤツらはこの間、このフォルティッシモに手も足も出せなかったではないか!」
「あの時はちょっとびっくりしてた間に勝手に動かなくなっただけだろ!」
「ええい、口だけは達者なヤツめ!」
「口だけかどうか、試してみろよ?」
ルークは、デビスを挑発すると、私に向かって、
「ももは手を出さないでくれ」
言われるまでもなく、私は手を出す気はない。というか、手の出しようがない。
「行くぞ、カリュ、トロッキー!」
ルークはトロッキーを操り、最大加速でロボットに向かった。
「ええい、撃ち落とせ!」
デビスの号令でロボットの腕が動く。
どぉうっ、どぉうっ、どぉうっ、と連続して轟音が響く。
発射された弾をルークは紙一重でかわしていく。
そして、避けられた弾によって、そこら辺の気やら地面やらがはじけ飛ぶ。
これ……ものすごい自然破壊なのでは?
生物学者の娘としてはそこが気になってしまったが、この状況ではどうする事も出来ない。
ルークは飛んでくる弾を全て回避しながら、ロボットの間近まで接近した。
そこまで寄ると、銃を使うより腕を振って直接殴った方が良いと判断したロボットが、ぶんぶんと両腕を振り回し始める。
しかし、その腕も距離を取ろうともせず、至近距離で避け続けるルーク。
ギギギギギッ。
繰り返していく内にロボットの関節が小さく悲鳴を上げた。
なるほど、これがルークの狙いか。どうやってあのロボットを倒すつもりかと思ったが、ロボットに無茶な動きをさせて自滅を誘うつもりか。
しかし、ロボットも、憲兵隊もトロッキーの動きを追うのに夢中で、その意図に気付かない。
さらに数回同じようなやりとりを繰り返し、
バキッ。
大きな金属音がして、ロボットの右肩の関節があり得ない方向に折れた。
「フォルティッシモ!」
デビスの悲痛な叫び声が聞こえた。
しかし、ロボットはそれでもトロッキーを追い回す。
バキッ、バキッ、と、ついに連続して、左腕と腰の関節も折れた。
腰が折れてしまったロボットは、バランスを取る事も出来なくなり、大きな地響きを上げて仰向けに倒れ込んだ。
「お……おお……フォルティッシモ」
自慢のロボットが壊れる様子に、放心して座り込むデビス。
「今の内です。皆さん、ついてきてください!」
カーラは私たちに呼びかけると、背中のジェットで空を飛んで、山の頂上に向かって進んでいった。
私たちのカーラを追いかけて山を登っていく。
「……あれ?何でカーラが先導してるんだろう?」
首を傾げて私が呟くと、ルーク達も「分からない」と首を横に振った。
まぁ、いいか。カーラがどういうつもりかは、ついていけば分かるでしょ。
そして辿り着いたのは、人が一人入れるくらいの小さな洞穴の前だった。
「ここは……地底への入り口じゃないか!」
ルークが叫んだ。
カーラは頷いて、
「ええ、そうです。ルーク様とカリュ様には私と一緒に地底へ帰っていただけます」
「冗談じゃない!それじゃあ、憲兵隊から逃げてきた意味がないじゃないか!」
「カーラ皇女、説明してもらえますか?」
二人とも納得がいかない様だった。
カーラは宥める様に両手を前に出して説明を始めた。
「先程言った通り、今、政府が脱地底禁止法を廃止する法案について議論しています。法自体はもう少しで成立しますが、問題は世論です。一般市民の間では未だに地上人は野蛮で危険な存在だと認識されていますから。そこで、ルーク様達には地上人と共存する事も出来る事を伝えていただきたいのです」
「なるほど、実際に地上に出たあたし達の言葉なら説得力がある。PRには持って事だと言う事ですね」
「ええ、もちろん、法律が成立するまでの間、私たちがお二人を憲兵隊から保護します」
「保護、ね」
やや、冷めた口調で言うルーク。縛られる事の嫌いなこの少年には、保護という言葉は退屈な響きがあるのだろう。
「お二人とも、そんなに堅く考えないで下さい。ただ単に地底人が地上人に抱いている誤解を解いていただきたいだけなのです」
「ルー君、どうする?」
カリュが尋ねると、ルークは腕を組んで目を閉じた。
どうも今ひとつ決断しきれないようだ。
「行ってきなよ、ルーク」
迷っているルークの背中を押す様に私は言った。
まさか、私が口を挟むとは思っていなかったのか、ルークは驚いた目で見つめてきた。
「だって、あんた達このままだと一生地底から逃げてきたっていう負い目を背負う事になるのよ。だったら、一度地底に戻って、地底の人たちを納得させてから、堂々と地上に来なさいよ」
「もも……」
「ももさん……」
「あ、でもその前に」
私はカーラの方を見て尋ねた。
「本当にこっちの政府とは話が付いているの?」
「どういう事ですか?」
言いたい事が伝わらなかったらしく、私はもう少し詳しく説明した。
「ほとんどの地上人は地底人の存在を知らないわけだし、その逆もそうなんでしょ?それで突然交流を持とうなんてなんて事よく決めれたなぁ、って。あ、別にあなたの言ってる事を信じていない訳じゃないんだけど、何だかにわかには信じられないなぁって思って……」
自分の常識で物事を計ってしまうのが人間という生き物。特に、地底人はともかく、地上人はね。それがいきなり見た事もない異質の存在と手を取り合うなんて決断できるものかな?
もしも、私たちの方がちゃんと地底人に対する理解をしていないと、地底人にとってはやっぱり危険なんじゃないかな?悲観的だけど、そんな風に考えてしまうのだ。
「あらその子の言う事は本当よ」
「え?」
唐突に私の後ろから誰かが話しに割り込んできた……って、この声。
「え?え?え?どうしてここに?」
「久しぶり……って程は経っていないかしら?」
微笑みながら近づいてくるその人は、私の母、湯桶楓だった。
「え?楓様ともも様はお知り合いだったのですか?」
「あら?見て分からない?親子よ」
「まぁ」
いきなり蚊帳の外に放り出される私。
「な、なんでここに?しかも、なんなのよ。その友人との会話みたいな和やかな雰囲気は?」
「あら?そう言えば桃にも言ってなかったわね。実は地底人との交流を決めたのは私とカーラ皇女なのよ」
「この度は、本当に楓様にはお世話になりましたわ」
「な、何それ?どういう事?母さんは生物学者でしょ?なんでそんな政治家みたいな事をしてるのよ?」
「……まぁ、交流するのが地上の国同士なら、私の出る幕じゃないでしょうね」
母さんは人差し指をピンと立てて説明をし始めた。
「でも、地底人って言うのは、全く知らない種族でしょ。そういうのを相手にするには生物学者の方が政治家より適任なのよ、分かった」
「……分かったような、分からないような……」
「それに、私は顔が広いから、政治家の人たちともいろいろと交流があるしね」
「し、知らなかった」
驚きで全く動けなくなる私。
しかし、これでこの間の母の書き置きの内容に合点がいた。あの時にはもうカーラとは知り合っていたのだろう。
「で、私がここにいる理由だけど、私も地上人の代表として地底に行く事になったから」
「へぇ~」
こっちは余り驚かなかった。珍しい生き物の為なら、母さんは何処へでも行く事は知っていたから。
「じゃあ、俺たちは一度帰るよ」
「忘れないで下さいね、ももさん」
「忘れられる訳がないでしょ」
苦笑しながら言う私。
それに釣られてルーク達の小さく笑い、
「ももさん、短い間でしたけど本当にありがとうございました」
「そんな畏まらないでよ、カリュ」
「またな、もも」
「うん、またね」
別れの言葉を交わしてルーク達は洞穴に入っていった。
次にカーラが、
「では、もも様、この度は本当にありがとうございました。地底と地上の交流が始まったら、真っ先にもも様を私の家にご招待したいとおもいますわ。ああ、でもそうすると、ものすごく大きな部屋が必要になりますね。帰ったら早速作らせましょう」
カーラは言うだけ言って、私が挨拶をする前に洞穴に入っていってしまった。
ったく、今度会う時までに、もう少し落ち着いて話せる様になっておいてね。
そして、最後に母さんが、
「じゃあ、私も行ってくるから」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「なんか、あの子達に比べて淡泊すぎない?その言い方」
愚痴をこぼしながら、母さんも洞穴に入っていった。
「ふぅ、私も帰ろ」
大きく息をついて、私は山を降り始めた。
「家に帰って、今日は一日中、思い切り寝ちゃおう」
なんだかルークとカリュに出会ってから、ずっとドタバタしてしっかり休めなかったからなぁ。
そんな事を考えていたら、ふとこの数週間の記憶が脳を駆けめぐった。
あ、あれ?何でだろう、涙が……
おっかしいな、別に今生の別れとかじゃなくて、直ぐにまた会えるのに……
そう自分に言い聞かせても、どうしても感情は収まってくれなかった。




