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第六話 証言の食い違い

第六話 証言の食い違い




第一章 同じ話をした三人


「先生、三人が同じ出来事を語ったとき、三人とも嘘をついていることはありますか」


イブン・ジュザイイの問いに、イブン・バットゥータは眉を上げた。


「ある」


「三人とも、ですか」


「三人ともだ」


「では、三人とも本当のことを語っている場合は?」


「それもある」


ジュザイイは筆を持ったまま、老人を見た。


「先生。それでは、証言というものは、何の役にも立たないのではありませんか」


「役に立つとも。少なくとも、三人が何を隠したいのかを考える材料にはなる」


「真実を知るためではなく?」


「真実を知ることと、人間の嘘を見抜くことは、別の仕事だ」


バットゥータは、船の向こうに見える島を指した。


「たとえば、あの島で昨日、男が一人、姿を消したとする」


「はい」


「一人目は、男が夜明けに船へ乗ったと言う。二人目は、男は昨夜から家にいたと言う。三人目は、男など最初から島にいなかったと言う」


「三人とも、同じ男について話しているのでしょうか」


「そこが問題だ」


老人は笑った。


「お前は、まず男が存在したと考える。だが、三人目は、男が存在しなかったと言っている。ならば、お前は何を記録する?」


ジュザイイは答えられなかった。


「三人の証言を、そのまま記録します」


「よろしい。では、後世の者はどうする?」


「三人のうち、誰かが間違っていると考えるでしょう」


「あるいは、三人の証言を一つの話にまとめる。男は夜明けに船へ乗ったが、昨夜は家にいて、そもそも島には存在しなかった、とかな」


「そんな記録は、意味をなしません」


「意味をなさない記録ほど、立派な装丁を与えられることがある」


老人は、さも愉快そうに言った。


「人間は、理解できないものを嫌う。だから、理解できる形に直す。直した結果、元の話が失われても、本人は整理したつもりでいる」


ジュザイイは、前話で記録した一行を思い出した。


物語は、語られたことによって残る。歴史は、語られなかったことによって形を変える。


その言葉が、今になって少し違う意味を持ち始めていた。


「先生。もし、三人の証言がすべて記録に残っていたなら、真実に近づけるのでしょうか」


「近づけるかもしれん」


「では、記録すべきです」


「ただし、三人が同じことを言ったからといって、真実になるわけではないぞ」


老人は立ち上がった。


「三人が同じ嘘を信じていることもある。三人が別々の嘘をついていることもある。そして、三人とも本当のことを話しているのに、話を聞くお前だけが間違えることもある」


「記録者が間違えるのですか」


「記録者も人間だからな」


老人は船室へ戻っていった。


ジュザイイは、筆先を紙に触れさせたまま、しばらく動かなかった。


そのとき、船の船首で、船員の一人が声を上げた。


前方の島から、小舟が一艘、こちらへ向かってきていた。




第二章 消えた荷物


小舟には、三人の男が乗っていた。


先頭の男は島の役人だと名乗り、残る二人は商人だと説明した。


役人によれば、島で一人の商人が姿を消し、その商人が所有していた荷物もなくなったという。


「荷物には何が入っていたのです」


ジュザイイが尋ねると、役人は少し考えてから答えた。


「布と香料です」


右側の商人が首を振った。


「布はありましたが、香料はありませんでした」


左側の商人が、すぐに口を挟んだ。


「いいえ。香料はありました。布はなかった」


ジュザイイは二人を見比べた。


「あなた方は、同じ荷物を見たのですか」


「もちろんです」


二人は、ほとんど同時に答えた。


「では、なぜ中身が違うのです」


右側の商人は、左側の商人を指さした。


「この男が嘘をついているからです」


左側の商人も、同じように相手を指さした。


「嘘をついているのは、この男です」


役人は深くため息をついた。


「私は、荷物を見ていません。商人たちから話を聞いただけです」


「では、商人が消えたことは、誰が確認したのですか」


「私です」


「いつですか」


「今朝です」


「最後に商人を見たのは?」


役人は口を閉じた。


右側の商人が答えた。


「昨夜です」


左側の商人が首を振る。


「違います。私は今朝、商人を見ました」


「どこで?」


「市場です」


「何時ごろですか」


左側の商人は、しばらく考えた。


「日の出の前です」


右側の商人が笑った。


「日の出の前には、市場は開いていません」


「開いていた」


「開いていなかった」


二人の言い争いが始まった。


ジュザイイは、三人の話を記録しようとしたが、筆を止めた。


三人の言葉をそのまま書けば、紙はすぐに埋まる。


しかし、商人が消えた理由も、荷物の中身も、最後に姿を見せた時刻も、何一つわからない。


「先生なら、どうなさいますか」


ジュザイイが尋ねると、バットゥータは小舟の男たちを眺めた。


「まず、三人に同じ質問をする」


「それで、矛盾が見つかるのでしょうか」


「すでに見つかっている」


「では、次は?」


「同じ質問を、もう一度する」


ジュザイイは首をかしげた。


「答えが変わるかもしれないからですか」


「いや。答えが変わらなかった場合に、別の問題が見つかるからだ」


老人は役人に向き直った。


「商人の名前は?」


役人は答えた。


ジュザイイは、その名を書き留めた。


そして、荷物が消えた場所を尋ねた。


役人は市場だと言った。


右側の商人は宿だと言った。


左側の商人は港だと言った。


三人は、また言い争いを始めた。


そのとき、ジュザイイは一つのことに気づいた。


三人は、消えた商人について話している。


しかし、三人とも、商人がどこにいたかを正確には語っていない。


そして、誰一人として、商人がどこへ行ったのかを尋ねていなかった。




第三章 誰も見ていない場所


バットゥータは、三人を別々に話させることにした。


まず、役人を船の後方へ連れていった。


「あなたは、商人が消えたことを確認したと言いましたね」


「はい」


「どこで?」


「宿です」


「先ほどは、市場だとおっしゃいました」


役人の顔がこわばった。


「私は、荷物がなくなった場所を申し上げたのです」


「荷物は市場にあったのですか」


「いいえ。商人の宿にありました」


「では、なぜ市場の話を?」


役人は唇を湿らせた。


「商人が最後に姿を見せたのが、市場だったと聞いたからです」


「誰から聞いたのです」


「この二人からです」


役人は商人たちのいる方向を見た。


バットゥータは何も言わなかった。


次に、右側の商人が呼ばれた。


「あなたは、商人を昨夜見たと言いましたね」


「はい」


「どこで?」


「宿の前です」


「何をしていましたか」


「荷物を運んでいました」


「一人で?」


「いいえ。誰かと一緒でした」


「誰と?」


商人は答えなかった。


「覚えていないのですか」


「顔は見えませんでした」


「声は?」


「聞いていません」


「では、なぜ商人本人だとわかったのです」


商人は、しばらく黙った。


「服装が同じだったからです」


「顔も声も確認していない。服装だけで本人だと判断したのですね」


「そうです」


「その服装は、ほかの者も着ていましたか」


商人は答えなかった。


最後に、左側の商人が呼ばれた。


「あなたは、今朝、商人を市場で見たと言いましたね」


「はい」


「日の出の前に?」


「はい」


「何をしていましたか」


「誰かと話していました」


「誰と?」


「わかりません」


「どんな話を?」


「聞いていません」


「では、なぜ商人本人だとわかったのです」


左側の商人は、先ほどの相手と同じ答えをした。


「服装が同じだったからです」


ジュザイイは、思わず顔を上げた。


二人は、互いに相手が嘘をついていると主張していた。


だが、二人とも、商人本人の顔を見ていなかった。


「先生」


ジュザイイは小声で言った。


「二人とも、同じ服を着た別人を見た可能性があります」


「あるな」


「あるいは、どちらも商人を見ていないのかもしれません」


「それもある」


「では、商人は本当に消えたのでしょうか」


バットゥータは、ジュザイイを見た。


「お前は、商人が存在したことを疑っているのか」


「いいえ。ただ、三人の証言だけでは、何が起きたのかを決められません」


「ならば、そのとおりに書け」


老人は、男たちに聞こえない声で続けた。


「わからないことを、わからないと書く。それは、記録者にできる数少ない誠実な仕事だ」


ジュザイイはうなずいた。


しかし、そのとき、彼の頭に別の疑問が浮かんだ。


三人とも、商人が消えたことを前提に話している。


誰もが、商人がいたことを疑っていない。


それなのに、商人本人を最後に見た者は、一人もいなかった。




第四章 証言のあいだにあるもの


その日の午後、バットゥータは島の役人に、宿と市場を案内させた。


市場は、昼過ぎには人で賑わっていた。


布を売る者、魚を並べる者、香料の袋を開けて客を呼ぶ者。


誰もが、自分の商品については熱心に語った。


値段を尋ねれば、安いと言う。


値切れば、これ以上は損だと言う。


買わずに立ち去ろうとすれば、最初から売る気はなかったと言う。


「商人というものは、話がうまいですね」


ジュザイイが言った。


「商人だけではない」


バットゥータは答えた。


「役人も、裁判官も、王も、旅人もだ。人間は、自分に都合のよい話をする」


「先生もですか」


「もちろんだ」


老人は、少しもためらわなかった。


「私は、自分の旅を語っている。旅を語る者が、旅のすべてを語ると思うか」


「では、先生も何かを隠しているのですか」


「すべてを語らないことと、嘘をつくことは同じではない」


ジュザイイは、その言葉を心に留めた。


市場の端に、小さな宿があった。


役人によれば、消えた商人は、そこに部屋を借りていたという。


部屋には、粗末な寝台と木箱が一つ残されていた。


木箱は空だった。


「荷物は、ここにあったのですか」


ジュザイイが尋ねた。


「そう聞いています」


役人は答えた。


「誰から?」


「商人たちからです」


「商人たちは、ここに荷物があったのを見たのですか」


役人は黙った。


ジュザイイは部屋を見回した。


床には、何かを引きずったような跡が残っていた。


しかし、それが荷物を運んだ跡なのか、日々の暮らしでついた傷なのかはわからない。


窓の近くには、細い紐が落ちていた。


バットゥータはそれを拾い上げた。


「これは何に使う?」


役人は首を振った。


「わかりません」


「商人の持ち物では?」


「わかりません」


老人は紐を元の場所へ戻した。


「わからないことが多いな」


「はい」


「だが、わからないことが多いからといって、何か大きな陰謀があるとは限らん」


ジュザイイはうなずいた。


「時には、ただの紛失ですか」


「時には、ただの紛失だ。時には、盗難だ。時には、誰かが逃げただけだ。そして時には、誰かが、紛失や盗難や逃亡に見せかけたいことがある」


「どうすれば見分けられるのでしょう」


「証拠を探す」


「証拠がなければ?」


「証拠がないと書く」


老人は、部屋の出口へ向かった。


「証拠がないことを、証拠があるかのように書くのが、いちばん始末に悪い」


ジュザイイは、床の傷をもう一度見た。


誰かが何かを運び出したのかもしれない。


あるいは、何も運び出していないのかもしれない。


ただ一つ確かなのは、三人の証言が一致しないということだった。


そして、その不一致を埋めるものは、まだ見つかっていなかった。




第五章 消された一行


船へ戻ると、ジュザイイは一日の記録を整理した。


役人の証言。


商人たちの証言。


宿の様子。


市場の様子。


それぞれを別々に書き、互いに矛盾する箇所には印をつけた。


すると、奇妙なことに気づいた。


役人は、商人が消えたことを確認したと言った。


しかし、本人の姿を見たとは言わなかった。


右側の商人は、昨夜、商人を見たと言った。


だが、顔を確認していなかった。


左側の商人は、今朝、商人を見たと言った。


しかし、こちらも顔を確認していなかった。


三人とも、商人が存在したことを疑っていない。


だが、三人とも、本人を確認していない。


ジュザイイは、その箇所を丸で囲んだ。


「何をしている」


背後から声がした。


バットゥータだった。


「証言を整理しています」


「整理した結果、真実が見つかったか」


「いいえ。矛盾が、はっきりしただけです」


「それで十分なこともある」


老人は、記録を手に取った。


しばらく読み進めていたが、途中で指を止めた。


「ここは、なぜ消した」


ジュザイイは、老人の指先を見た。


そこには、先ほどまで一行が書かれていたはずだった。


「消していません」


「ならば、なぜ何も書いていない」


ジュザイイは答えられなかった。


彼は、無意識のうちに、証言のなかで最も不自然な部分を別紙に移していた。


役人が商人を見ていないこと。


二人の商人が、顔を確認せずに本人だと判断していたこと。


その三点だけを、別の紙にまとめていた。


元の記録からは、重要な一行が抜け落ちていた。


「先生。私は、記録を読みやすくするために、情報を整理していました」


「それで、何が起きた」


「必要だと思った部分を、別の紙に移しました」


「元の記録を読んだ者は、その一行を見つけられるか」


「いいえ」


「ならば、お前は何をした」


ジュザイイは、しばらく黙った。


「消したのと同じことをしました」


老人は記録を返した。


「わざと消す者もいる。善意で整理する者もいる。どちらも、結果として同じことをする場合がある」


ジュザイイは、別紙を取り出した。


そこには、三人の証言の食い違いが、簡潔にまとめられていた。


彼はそれを元の記録の後ろへ挟み、日付と経緯を書き加えた。


「これでよいでしょうか」


「よいかどうかは、後世の者が決める」


「先生は、いつも後世の者に責任を押しつけますね」


「後世の者は、まだここにいない。責任を押しつけるには、ちょうどよい相手だ」


ジュザイイは笑った。


だが、笑いながらも、先ほどの一行を見つめていた。


一行を消すことは簡単だった。


一行を別の場所へ移すことも簡単だった。


そして、移したことを記録しなければ、誰もその一行がどこへ行ったのかを知らなくなる。


彼は、前の島で手に入れた古い書付を思い出した。


削られた名前。


その近くの小さな傷。


あの傷も、誰かが何かを消したあとに残ったものなのだろうか。


それとも、消されたものとは関係のない、ただの傷なのだろうか。


ジュザイイは荷物の奥へ目を向けた。


今夜も、書付を取り出すことはしなかった。




第六章 四人目の証言者


翌朝、出航の準備をしていると、島の役人が再び船を訪れた。


今度は一人だった。


「昨日の件について、もう一つ、お伝えしたいことがあります」


ジュザイイは筆を取り出した。


役人は周囲を確かめてから、声を落とした。


「消えた商人には、同行者がいたそうです」


「そうです、とは?」


「私は直接見ていません。市場の者から聞きました」


「その者は、商人を見たのですか」


「見たと言っています」


「では、なぜ昨日は、その話が出なかったのでしょう」


役人は答えなかった。


「同行者の名前は?」


「わかりません」


「どこにいるのですか」


「それも、わかりません」


ジュザイイは筆を止めた。


「その市場の者は、同行者を見たのですか」


「はい」


「顔を?」


「そこまでは聞いていません」


バットゥータが、横から口を挟んだ。


「その市場の者は、誰から話を聞いた?」


役人は顔を上げた。


「別の者からです」


「その者は、誰から?」


「そこまでは……」


老人は、ゆっくりとうなずいた。


「話が増えたな」


「はい」


「だが、証人は増えていない」


役人は口を閉じた。


ジュザイイは、役人の言葉を記録した。


商人には同行者がいたという話。


その話を聞いた市場の者。


市場の者に話した別の者。


しかし、誰もその同行者の名前を知らず、誰も本人を直接確認していない。


「先生」


ジュザイイは、記録を見ながら言った。


「話は増えています。しかし、事実は増えていないように思えます」


「そのとおりだ」


「では、この話は記録する価値がないのでしょうか」


「いや。話がどのように増えていったのかを記録する価値がある」


老人は、船の外を見た。


「最初は一人の商人が消えた。次に荷物が消えた。そのあと、商人を見たという者が現れ、最後には、見た者を知っているという者まで現れた」


「しかし、商人本人は見つかっていません」


「そうだ」


「同行者も、見つかっていません」


「そうだ」


「荷物の中身も、わかっていません」


「そうだ」


ジュザイイは、少し考えた。


「先生。もし、これから先、この話を語る者がいたら、どんな話になるでしょう」


バットゥータは笑った。


「商人は、いつか王になるかもしれん。荷物のなかから黄金が出てくるかもしれん。同行者は、王の敵かもしれん。そして、話を記録したお前は、事件の真相を知っていた賢い書記官として登場するかもしれん」


「私は何も知りません」


「だからこそ、物語に向いているのだ」


ジュザイイは苦笑した。


「では、どう書けばよいのでしょう」


老人は答えた。


「商人が消えたという話があった。三人が証言した。証言は食い違った。その後、さらに別の話が加わった。だが、商人本人も、同行者も、荷物も見つからなかった。そこまでだ」


「真相については?」


「書けることがないなら、書くな」


ジュザイイは、その言葉を記録した。


今度は、別紙に移さなかった。




第七章 矛盾を残す


船が島を離れるころ、ジュザイイは一連の記録を読み返した。


三人の証言。


宿の空の木箱。


床に残った傷。


市場で増えた話。


四人目の証言者。


そして、最後まで見つからなかった商人。


彼は、記録の末尾に短い一文を書いた。


「証言は一致しなかった。ゆえに、何が起きたのかは確定できない」


しばらく考え、もう一行を加えた。


「ただし、証言が一致しなかったという事実だけは、一致していた」


書き終えると、彼は老人に見せた。


バットゥータは読み、鼻で笑った。


「気取った文章だな」


「消したほうがよろしいですか」


「いや。後世の学者が喜ぶだろう」


「先生は、学者がお嫌いなのですか」


「学者が嫌いなのではない。自分の知らないことまで、知っているように書く学者が嫌いなのだ」


老人は記録を返した。


「ただし、旅人にも同じことが言える。見ていないことを見たように語る旅人は、学者と大差ない」


「先生も、気をつけなければなりませんね」


「私は気をつけている」


「それは、記録してもよろしいでしょうか」


「だめだ」


「なぜです」


「お前が書けば、後世の者が私を信用してしまう」


ジュザイイは声を立てて笑った。


船は、次の島へ向かって進んでいた。


海は穏やかだった。


遠くの水平線には、陸地らしき影が見えた。


ジュザイイは、記録を束ねて荷物へしまった。


そのとき、布に包んだ古い書付の存在を思い出した。


削られた名前。


小さな傷。


そして、あの一行。


誰かが命じた。


人々はうなずいた。


翌日、人々は以前と同じ姿で現れた。


あの書付にも、誰かの証言が残されていたのだろうか。


その証言は、誰かによって削られたのだろうか。


それとも、最初から、書かれなかったのだろうか。


ジュザイイは、答えを出さなかった。


今のところ、彼にできるのは、わからないことをわからないまま残すことだけだった。


だが、彼はまだ知らなかった。


矛盾を残すことと、矛盾を見つけられる形で残すことは、同じではない。


記録は、残されるだけでは足りない。


後世の誰かが、それを読めなければならない。


そして、読む者が何を探しているかによって、同じ一行が証拠にもなり、誤解にもなる。


老人は船首で、次の土地の話を始めていた。


ジュザイイは筆を置き、その声を聞いた。


旅は続く。


証言も続く。


そして、食い違った証言のあいだには、まだ誰も記録していない何かが、静かに残されていた。


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