第十六話 白夜の系譜
第十六話 白夜の系譜
第一章 北の国の話
フェズの空は、夕暮れとともに赤く染まり、やがて夜の色へ沈んでいった。
イブン・ジュザイイーは、机の上に広げた地図を眺めていた。地図には、彼が知っている土地と、聞いたことのある土地が記されている。その外側には、名前だけが伝わる場所があり、さらに外側には、名を持たない空白が広がっていた。
世界は地図よりも広い。
それは旅人なら誰でも知っていることだ。
だが、地図を作る者は、世界の広さを紙の上に収めなければならない。紙の端に達したとき、そこから先を描かないのか、それとも、見たことのない土地を想像して描き足すのか。
どちらを選んでも、地図には作り手の判断が残る。
「また世界の果てを探しているのか」
背後から声がした。
イブン・バットゥータだった。
「果てではありません。北の国々について考えていました」
「北?」
「遠い北方です。昼が非常に長く、夜がほとんど訪れない土地があると聞きました」
老人は、地図の上に身をかがめた。
「私も、そういう話を聞いたことがある」
「実際に行かれたのですか」
「いや」
答えは簡潔だった。
ジュザイイーは少し驚いた。老人は多くの土地を歩いてきた。彼が語る世界には、見たことのないものがほとんどないように思えることさえあった。
しかし、もちろん、彼にも知らない土地がある。
「では、その話は誰から?」
「商人だったか、学者だったか。あるいは、別の旅人だったかもしれない」
「覚えていないのですね」
「遠い土地の話を聞くたびに、話し手の名前まで覚えていたら、私の頭はとっくに旅荷でいっぱいになっている」
バットゥータは椅子に腰を下ろした。
「北の土地では、夏になると夜が短くなり、冬には昼が短くなるという。太陽が沈まない時期があるとも聞いた」
「その話は、どこまで確かなのですか」
「北へ行った者が、そう語ったということは覚えている。だが、その者がどこまで北へ行ったのかは知らない」
ジュザイイーは筆を取った。
白夜。
夜が来ないという話。
遠い土地についての伝聞は、いつも魅力的だ。聞く者は、その土地の景色を想像し、そこに暮らす人々の習慣まで思い描く。
しかし、語られた話が魅力的であることと、その話が正確であることは、別の問題だった。
「記録してよいでしょうか」
「もちろんだ。北の国についての記録が必要なら、私が聞いた話も役に立つかもしれない」
老人は少し笑った。
「ただし、私が北の国を見たことにするなよ」
「そのようなことはしません」
「人間は、書物の中で旅をするのが好きだからな。書き手が一行を整えれば、聞いただけの話が、いつの間にか本人の見聞に変わる」
ジュザイイーは、その言葉を書き留めた。
そして、北の土地についての記述を始めた。
彼はまだ知らなかった。
その話が、遠い北方の気候についての記録であると同時に、彼らが追ってきた文書の謎へつながる、別の道の入口でもあることを。
第二章 昼の長い土地
翌日、ジュザイイーは、北方の航路について聞いたことのある商人を訪ねた。
商人は海路や陸路について詳しく、さまざまな土地の品物を扱っていた。北方から運ばれてきた毛皮や木材についても知っていたが、白夜の話になると、首をひねった。
「昼が長い土地なら、ありますよ。夏には日が沈むのが遅くなる。北へ行くほど、その傾向は強くなると聞いています」
「実際に行ったことがありますか」
「私は、そこまで北へ行ったことはありません。私の扱う品物は、もっと南で取引されますから」
「では、誰から聞いたのです?」
「船乗りです。北の海を航行した者がいました」
「その船乗りの名は?」
商人は考え込んだ。
「今は思い出せません。名前よりも、彼が持ってきた品物のほうを覚えています」
ジュザイイーは、苦笑した。
またしても、名が残らない。
「その船乗りは、夜が来ないと言ったのですか」
「そう聞いた気がします。ただ、実際には夜が来ないのではなく、暗くなる時間が非常に短いという意味だったのかもしれません」
「つまり、彼の言葉を正確には覚えていない」
「ええ。ですが、北では昼と夜の長さが南とは違うという話は、ほかの者からも聞いています」
ジュザイイーは、話を整理した。
複数の人が似たことを語っている。
しかし、それぞれの話が同じ土地についてのものなのか、同じ季節のことなのかは、確かでない。誰かが別の人から聞いた話を繰り返している可能性もある。
似た証言がいくつもあるからといって、独立した証拠がいくつもあるとは限らないのだ。
「その船乗りが、北方のどこまで行ったのか、わかりますか」
「わかりません。ただ、彼の話では、ある港からさらに北へ進んだそうです」
「港の名は?」
商人は、また首をひねった。
「それも、はっきりとは」
ジュザイイーは筆を置いた。
「あなたの記憶には、ずいぶんと便利な空白がありますね」
商人は笑った。
「先生、商人の記憶は、利益のあるものをよく覚えるようにできているのです。遠い港の名より、そこで何が売れるかのほうが大切ですから」
「では、歴史家の記憶は、何を覚えるようにできているのでしょう」
「それは先生が考えることです」
商人は、もっともな答えを返した。
ジュザイイーは、彼の話を記録した。
北方には、昼と夜の長さが大きく変わる土地があると伝えられている。
ただし、証言者の名、航路、観察された季節については、確かな情報が不足している。
彼は、記述の最後にそう付け加えた。
遠い土地の話は、こうして少しずつ書物の中へ入ってくる。
そのたびに、世界は広くなる。
そして、世界を知るために必要な問いも、また増えていく。
第三章 地図にない道
その数日後、ジュザイイーのもとへ、一人の老人が訪ねてきた。
老人は、かつて北方の商人たちと取引をしていた人物だという。彼は、ジュザイイーが白夜について調べていると聞き、古い紙片を持ってきた。
紙片には、短い航路の記述があった。
ある港から北へ進み、海岸沿いにいくつかの停泊地を経て、長い昼が続く土地へ至るという内容だった。
しかし、地名の多くは、ジュザイイーの知る地図には載っていなかった。
「これは、誰が書いたものですか」
「私の父が持っていたものです」
「お父上は、北方へ行かれたのですか」
「そう聞いています。ただ、父が自分で書いたのか、誰かから譲り受けたのかは知りません」
「いつ頃の紙でしょう」
「わかりません。私が子供の頃から、家にありました」
ジュザイイーは紙片を慎重に広げた。
航路の記述には、北へ向かう途中で通過する場所がいくつか挙げられている。文字の一部は薄れ、最後の行は途中で途切れていた。
そこには、見覚えのある小さな印があった。
以前、出所のわからない羊皮紙や、役所の記録の写しで見た印と、形が似ていた。
ジュザイイーの心臓が、わずかに速くなった。
また同じ印だ。
しかし、彼はすぐに自分を戒めた。
印が似ているというだけで、文書の間に関係があると決めてはならない。単純な記号であれば、別々の場所で独立して使われていても不思議ではない。
「この印について、何か聞いていますか」
老人は紙片を覗き込んだ。
「父は、これを目印だと言っていたように思います」
「何の目印でしょう」
「航路を示す印かもしれませんし、荷物を区別するための印かもしれません。父が何と言ったのか、正確には覚えていません」
「では、この紙が北方の航路を記したものだということも、確かではないのですね」
「紙にそう書かれているのは確かです。しかし、書かれていることが正しいかどうかは、私にはわかりません」
ジュザイイーは、老人を見た。
彼は、自分の持ってきた紙を価値あるものに見せようとはしていなかった。知らないことを知らないと言い、覚えていないことを覚えていないと認めている。
その態度は、文書の価値を下げるどころか、むしろ扱いやすくしていた。
「この紙を、しばらく調べさせてください」
「どうぞ。ですが、父が北の土地を実際に見たのかどうか、それだけは私にもわかりません」
老人は紙片を置いて帰った。
ジュザイイーは、その記述を写し、印の形を別紙に描いた。
それから、以前の文書と並べてみた。
形は似ている。
だが、同じものだと断定できるほどの特徴はない。
彼は、余白にこう書いた。
――複数の文書に似た印が見られる。ただし、同一の印であるか、また文書相互に関係があるかは未確定。
その一文を書き終えたとき、彼は初めて、印の正体を知りたいという気持ちよりも、自分が何を知らないのかを正確に記したいという気持ちのほうが強くなっていることに気づいた。
それは、探究を諦めたということではなかった。
探究を、物語の誘惑から守ろうとしていたのだ。
第四章 白夜の系譜
夜、バットゥータは北方の航路を記した紙片を見た。
「これが、白夜の土地へ至る道か」
「そう書かれています。ただし、書いた者も、書かれた時期も、確かではありません」
「ならば、道が存在したことの証拠にはならないな」
「紙片が存在することの証拠にはなります」
老人は、声を立てて笑った。
「お前は、学者らしい言い方をするようになった」
「あなたに教わったのです」
「私は、そんなことを教えた覚えはない」
「何度も、わからないことをわからないと言えとおっしゃいました」
「私は、わからないことが多かっただけだ」
バットゥータは紙片を机に置いた。
「だが、北方の話は、私にも興味深い。人間は、太陽の下で暮らしているのに、太陽が沈まない土地のことを聞くと、まるで別の世界の話のように思う」
「実際に、暮らし方も違うのでしょうか」
「そうだろう。昼と夜の長さが違えば、食事の時間も、仕事の時間も、眠る時間も変わるかもしれない」
「その土地の人々は、夜が来ないことをどう考えているのでしょう」
「それは、私にはわからない」
老人は即座に答えた。
「お前は、北の土地について聞いているうちに、そこで暮らす人々のことまで考え始めたな」
「はい」
「それはよいことだ。だが、想像したことを、彼らの考えとして書くなよ」
「わかっています」
バットゥータは、地図の上を指でなぞった。
「旅人は、自分が見たものを語る。聞き手は、その話を自分の知っている世界に当てはめる。書き手は、さらに整えて書物にする。そのたびに、話は少しずつ形を変える」
「では、最初の話は、どこに残るのでしょう」
「最初の話が、そもそも一つだったのかどうかもわからない」
ジュザイイーは、老人の言葉を聞いて、以前の文書を思い出した。
門についての記述。
名を記すなという注記。
役人が運んだという、確かでない包み。
そして、複数の紙に見られる似た印。
それらを一本の系譜に並べることはできる。
ある秘密が、遠い土地から別の土地へ運ばれた。
ある記録が、誰かの手によって消され、別の場所で残された。
そうした物語は、あまりにも自然につながってしまう。
だが、自然につながる物語ほど、注意が必要なのかもしれなかった。
「もし、これらの文書が無関係だったら?」
ジュザイイーはつぶやいた。
「その場合は、無関係だったと書けばよい」
バットゥータは答えた。
「しかし、無関係であることを証明するのも、簡単ではないぞ」
「では、どうすればよいのでしょう」
「今わかっていることを書く。わかっていないことも書く。そして、後世の者が続きを考えられるようにしておく」
老人は、机の端に置かれた筆を指さした。
「歴史というものは、一人の人間が最後まで完成させるものではないのだろう」
ジュザイイーは、しばらく考えてから、うなずいた。
白夜の土地へ至る道は、まだ確かではない。
印の意味も、文書のつながりもわからない。
それでも、問いを残すことはできる。
第五章 書かれたもの、語られたもの
翌日、ジュザイイーは北方についての記述を書き始めた。
彼は、まずバットゥータが聞いた話を記した。
北の土地には、夏の夜が非常に短くなる場所があるという。
次に、商人から聞いた証言を加えた。
北方を航行した船乗りが、長い昼について語ったとされる。ただし、船乗りの名と正確な航路は不明である。
最後に、古い紙片について記した。
紙片には、北へ向かう航路と、いくつかの停泊地らしき名称がある。しかし、文書の作成者、年代、記述の正確さは確定できない。
三つの記録を並べると、北方の土地について、ある程度まとまった話ができあがる。
だが、彼は、それらを一つの証言として混ぜなかった。
誰が何を語ったのか。
どの情報が紙に書かれているのか。
何が、後から推測されたことなのか。
それぞれを区別した。
その作業は、文章を美しくするものではなかった。
むしろ、文章の流れを何度も止め、読者が一つの物語にすんなり入り込むのを妨げるものだった。
しかし、読みやすさのために、証言の違いを消してしまえば、読者は、複数の不確かな話が一つの確かな見聞であるかのように受け取るかもしれない。
ジュザイイーは、その誘惑に抗った。
北方の土地は、書物の中に現れた。
だが、その土地を実際に見た者が誰であるかは、まだ確定できない。
その土地について語った者が、何を見て、何を聞き、何を想像したのかも、すべてはわからない。
それでも、話が伝わってきた経路の一部は、記録できる。
旅人から商人へ。
商人から別の聞き手へ。
古い紙から、その紙を受け継いだ家へ。
そして、今、ジュザイイーの机の上へ。
この連なりは、完全なものではない。
途中には名前のない者がいて、失われた言葉があり、記憶の空白がある。
それでも、何もなかったわけではない。
ジュザイイーは、記述の末尾に一文を加えた。
――この土地について、私は自らの見聞として語ることができない。ただし、複数の伝聞と一つの古い紙片が、北方に長い昼を経験する土地があるという話を伝えている。
彼はその文を読み返し、余計な修飾を削った。
北の土地は、彼の目の前に広がっているわけではない。
しかし、語られたことと、語られなかったことの境界を記すことで、その土地へ向かう想像の道を、ほんの少しだけ整えることはできた。
第六章 印の持ち主
数日後、ジュザイイーは、北方の紙片を持ってきた老人に、もう一度会った。
彼は、印について知っていることがないか、尋ねてみたかった。
老人は、しばらく考えたあと、古い記憶をたどるように話し始めた。
「父は、ときどき荷物に印をつけていました。自分のものと、ほかの商人のものを区別するためです」
「どのような印でしたか」
「いくつかありました。線を二本引いたものもあれば、丸の中に短い線を入れたものもあった」
「その中に、この印と似たものは?」
老人は、紙片の印を見た。
「似ているようにも思えます。しかし、同じかどうかはわかりません」
ジュザイイーは、胸の中に生まれかけた期待を抑えた。
「お父上は、その印を何のために使っていたのですか」
「荷物を見分けるためです。それ以上の意味があったのかどうかは、知りません」
「では、文書に同じような印があったとしても、荷物の印と関係があるとは限らない」
「そういうことです」
老人は、淡々と答えた。
「同じような印を使う人間は、ほかにもいたでしょう。私の父が使っていた印が、すべての場所で同じ意味を持つとは思いません」
ジュザイイーは、礼を述べた。
彼は、印の正体に一歩近づいたように感じていた。
だが、それは謎の解決ではなかった。
印が荷物の識別に使われることがあったという証言が得られただけだ。問題の文書にある印も、同じ用途だったとは限らない。
一つの印が、複数の用途に使われることもある。
一つの用途が、複数の印で表されることもある。
そして、似ているというだけで、同じ持ち主を想定することはできない。
ジュザイイーは、これまでの記録を開き、印についての注記を書き足した。
――ある商人の家では、似た形の印が荷物の識別に用いられていたという証言がある。ただし、ここに記された文書の印と同一であるかは不明であり、両者の用途を結びつける根拠もない。
書き終えた彼は、少しだけ笑った。
またしても、謎は解けなかった。
だが、謎に対して、あり得る説明が一つ増えた。
それが正しいかどうかは、まだわからない。
ただ、以前よりも多くの可能性を考えられるようになった。
歴史を探るということは、いつも答えを見つけることではない。
ときには、間違った答えを選ばずに済むようになることでもある。
第七章 白夜の先に
夜更け、ジュザイイーは、北方についての記録を閉じた。
フェズの夜は、暗かった。
日が沈み、通りの声が遠のき、灯火の届かない場所には影が広がる。ここでは、昼と夜の境目がはっきりしている。
だが、北の土地では、夏になるとその境目が曖昧になるという。
太陽が沈みきらず、夜が短く、空が完全には暗くならない。
その話を、ジュザイイーは実際に見たことがない。
彼は、白夜を想像することができる。
だが、想像した空の色が、北方の人々の見ている空と同じである保証はない。
彼らがその光をどう感じているのかも、わからない。
旅人が見た景色を語り、聞き手がそれを想像し、書き手が言葉にする。その過程で、見たことのない土地は、少しずつ読み手の世界に加えられていく。
それは、遠い土地を知るための道だった。
同時に、知らないものを、自分の知っているものに似せてしまう道でもあった。
ジュザイイーは、机の上の地図を広げた。
北の土地は、地図の端に近い場所に描かれている。
その先には、まだ空白があった。
以前なら、その空白を埋めたいと思っただろう。
今も、その気持ちがなくなったわけではない。
しかし、彼は空白を見て、そこに何があるかを想像する前に、誰がその空白を残したのかを考えるようになっていた。
地図を描いた者が知らなかったからなのか。
紙の大きさに限界があったからなのか。
その土地へ行く道が、まだ知られていなかったからなのか。
あるいは、描く必要がないと判断されたからなのか。
空白には、いくつもの理由がある。
それを一つに決めてしまえば、地図はわかりやすくなる。
だが、わかりやすくなった地図が、世界を正確に表しているとは限らない。
ジュザイイーは、地図を折りたたんだ。
そのとき、北方の紙片が目に入った。
長い昼の土地へ至る航路。
由来のわからない印。
書いた者の名も、書かれた年代も、確かではない。
その紙片は、これまでの謎を解くものではなかった。
それでも、誰かが北へ向かう道を記し、それを別の誰かが保管し、長い時間を経て、今ここに届いたということはわかる。
誰かが見たもの。
誰かが聞いたもの。
誰かが、残そうとしたもの。
その連なりの途中には、名前のわからない者たちがいる。
彼らの名をすべて取り戻すことはできないだろう。
だが、彼らがいたかもしれない場所を、最初から空白だったことにする必要もない。
ジュザイイーは、最後の注記を書き加えた。
――白夜についての記録は、私自身の見聞ではない。ここに残るのは、遠い土地についての伝聞と、それを伝えようとした人々の痕跡である。
筆を置いたあと、彼はしばらくその文を眺めた。
北の空は、彼の知らない場所にある。
そこでは、太陽が沈まない夜があるのかもしれない。
あるいは、彼が想像する白夜とは、まるで異なる景色が広がっているのかもしれない。
それを確かめるには、誰かが旅をしなければならない。
そして、その旅をした者が帰ってきたとき、今度は誰かが話を聞き、誰かが記録するだろう。
その記録もまた、完全ではない。
それでも、人は書き残す。
自分が見た世界が、世界のすべてではないと知りながら。
ジュザイイーは灯火を消した。
暗闇の中で、北の土地はまだ地図の外にあった。
そして、彼らが追ってきた印も、名も、門も、まだ確かな答えを持たないまま、別々の紙の上に残されていた。
だが翌朝、彼はそれらの紙をもう一度並べてみるつもりだった。
同じものに見える印が、同じ意味を持つとは限らない。
同じ話が、同じ出来事を指すとは限らない。
そして、同じ空白が、同じ理由で生まれたとは限らない。
それでも、もし誰かが意図的に記録を変えたのだとしたら。
その痕跡は、どこに残っているのだろう。
羊皮紙の傷か。
消された名か。
あるいは、後世の誰かが、あまりにも自然につなぎ合わせてしまった物語の中なのか。
ジュザイイーは、その問いをまだ書物には記さなかった。
問いが、まだ彼の中で形を整えていなかったからだ。




