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ナルシスト、修行を始める

「……」


「おかえり…っても、まだ十秒ぐらいしか経ってないっすけどね」


「……」


「……え?廃人になってないっすよね?」


「安心しろ、ただ祈っていただけだ。あの世で元気にしている所をな」


ヤナギは本をそっと閉じ、司書に手渡しした。その目は慈悲に満ちており、悲しげにどこかを見ていた。


「その様子じゃ、大丈夫そうっすね。私は本片付けするんで、戻って大丈夫っすよ」


「ああ、感謝する」


上へと戻っている時、心にはモヤモヤとした感情が溢れていた。


「……前回とは違った、嫌な気分だな。望んでいない力を勝手に与えられ、それを国に利用された。実に、憐れだ」


得たものは、悲しみだけ。

力に振り回された悲しき者の物語を知り、ヤナギはなんともいえない感情になっていた。


「魔法については知れたが、MP(マジックポイント)は由来しか分からなかったな……これは他にも本を読む必要がありそうだ」


手鏡で髪を整えながらヤナギは席に戻った。そのまま色々と本を確認していると、すぐに昼時の時間になった。


「もう時間だな……先に昼飯をいただいてから向かうとしようか」


いつの間にか戻っていた司書に本を渡し、昼飯を食べ終えた後、イータの待つ広場に向かった。

イータが貸切にしているため、その広場に人は一人もおらず、中央の椅子に腰掛けているイータが居た。


「またせたな、イータ」


「やあ、大丈夫だよ。僕もさっきここに着いたんだ」


「なら早速で悪いが、訓練を始めようか」


「そうだね。まずは戦いの仕方を教えよう」


「そのくらい俺でもわかる。舐めているな?この美しき俺を」


「別に舐めてないよ……まあ、やればわかるよ」


お互いに構えをとる。

イータは腰につけている剣を取るのではなく、格闘技でもするかのような構えをとった。


「む?剣は使わないのか?」


「君はもう使わないらしいからね。格闘(こっち)の方が君にとって得るものが多いと思ってね。よし、全力で来ていいよ」


「……ふっ、そう言われたら、そうする他ない…な!」


ヤナギは地面を思い切り蹴り飛ばし、イータの頭に向かって蹴りを放つ。

イータは軽く右腕で抑えつけ、ヤナギの顔面に裏拳を打つ。ヤナギは腕を交差するように裏拳を止めるが、すぐに追撃を加えられ、体勢を崩される。

そのまま地面に押し付けられ、身動きが取れなくなる。


「はい、おしまい。何がダメだったかな?」


「……初めの蹴りを受け止められたところだな。そこからこちらが受けに回ったからこうなった」


「正解。まあ力量不足ってのもあるけどね。ヤナギは結構力任せに戦っている節があるんだ。ちゃんと力を制御しないと」


「まだ戦いを初めて一週間程度なものでな。力の制御が難しいのだ」


「なら、力の制御をするためにこれを持って」


イータは腰につけている小さいガラス球を両手に渡してきた。そのガラスは、少しでも力を加えたらすぐに割れてしまいそうなほど脆く見えた。


「それを握りながら、戦おうか。割れた瞬間にヤナギくんの負けだ」


「無茶を言うな……安心しろ。このヤナギはこれしきのことで折れたりはしない。ちなみに、なぜこれが必要なのだ?」


「人間ってのは、力を入れすぎると逆に疲労が溜まったり速度が落ちるものなんだ。だから、多少やりすぎでもこんな感じに覚えてもらう方が早いんだ。よし、早速やろうか」


ヤナギは軽く手を握る。少し力を加えた程度の強さ、その力でも、ガラス球は音を立て始めている。


「これでもか……」


「余所見は危険だよ」


イータは音もなくヤナギの横に立つ。イータは軽い蹴りを横腹に当てる。

軽く横に飛ばされたヤナギは、無意識に手に力を入れてしまう。

パリンッと耳心地のいい音が広場に響く。恐る恐る手を見てみると、小さいガラス球が、ガラスの破片となっていた。


「はい、負け」


「……難易度がおかしすぎるだろ」


「はは、そうだね。でも、強くなるならこれぐらいは必要さ。はい、もう一回」


再度ガラス球を手に乗せてくる。

そこからが、地獄の始まりだった。

ガラスが割れる音を何回聞いたことか。

防御しようとしたら割れる。

攻撃しようとしたら割れる。

移動しようとしたら割れる。

避けようとしたら割れる。

割れる。割れる。割れる。割れる。

耳にこびりつくあの、【パリンッ】という音。ノイローゼになるほどに聞いた。

心が無になり始めた時、何かを掴んだ。

拳とガラス球がひとつになる感覚。何をしても割れず、攻撃が軽くも重い一撃となる。

その拳が、イータの頬を掠め、軽い音がする。


「その感じ……掴めたかな?」


「お前のおかげでな……!」


その顔は、いつものヤナギは打って変わって美しさを忘れた怒りに溢れた顔だった。

掴んだはずの感覚は、怒りと共に砕け散った。


――パリンッ。

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