ナルシスト、最強と出会う
空気が凍る。目の前にいるあの男、自ら七囚人と名乗っていた。ヤナギは緊張で整えられている前髪が少し崩れていた。
全員の心臓の鼓動が、エンジンのように早くなる。
身体を動かそうにも、鉛のように重く感じ、動かすことができない。
額には、汗が一筋垂れていた。
全員、理解していた。
目の前に者には、勝てないと。
「…どうしました?……おや?おやおやおや…もしかしてあなた…」
暴食がヤナギに向かって進み出す。ヤナギの顔をジロジロと見つめながら、何かを思い出しているようだ。思い出したのか、一瞬笑顔を見せるが、その後直ぐに真剣な眼差しとなる。
「…【怠惰】ですか?」
「俺が怠惰?俺は怠惰とは真逆の人間だと自負しているが」
ヤナギは平静を装いながら、強気な返事をする。手鏡を取り出し、暴食の目の前で前髪を元に戻す。
「そうですねぇ。怠惰はめんどくさがり屋ですし、ここまで来るわけがございません」
「それよりも気になることがありまして……」
暴食は後ろを向き、一度ヤナギ達から距離をとってからこちらに振り返る。ニヤリと不気味な笑みを見せる。舌なめずりをしたがら、舐めまわすようにこちらをジロジロと見ている。
「貴方達、一体どんな味なんでしょうか…」
「皆さん!武器を持って警戒態勢!」
ハノの一声で全員が武器を構える。全員に緊張感が走っており、一瞬の隙も見せれない。
「そこまで警戒しなくてもよろしいのに…そう思いません?」
「っ!?」
すると、音もなくヨウの目の前まで一瞬で来た。ヨウは反応が少し遅れたが、大剣を暴食に向けて振り下ろす。確かにその一撃は、威力、速度共に申し分ない一撃だった。
「落ち着きましょうよ」
暴食が人差し指で大剣に触れると、大剣が一瞬で粉々の鉄くずとなる。ヨウは驚きでその場に倒れ込む。
「ふむ…やはり鉄は鉄ですね」
暴食は地面から大剣だった物を掬いとり、指についた粉を舐める。舌先で器用に粉を掬い、口の中全体を使い上手く味わっている。
「ファイア!サンダー!フリーズ!」
ハノが三種類の魔法を混ぜた攻撃を放つ。その攻撃は暴食の寸前まで来たが、暴食が軽く手で払うだけで消え去った。暴食は手の甲を払うような素振りをしている。
「ふむ…あまりそそられない攻撃…」
「この美しい蹴りで貴様の顎を砕いてやろう!」
ヤナギは力いっぱいに下から顎を蹴りあげる。蹴りは綺麗な弧を描き、暴食の顎を突き刺す。暴食の身体が浮いたところに、心臓に向けて短剣を構え、力を込めながら差し込む。
「暴力はあまり宜しくないかと…」
しかし、暴食はすぐに姿勢を直し、ヤナギの持つ短剣を指で抑えた。ヤナギは短剣を直ぐに取り返すために引き寄せるが、短剣は全く動かない。
「チッ!」
舌打ちをしながらもヤナギはすぐに武器を捨て距離をとる。
「まだないですかね…ワタクシの興味を引き立たせる何かは…」
「…ミラ、俺に強化魔法をふんだんにかけてくれ」
「了解!」
ヤナギの身体が虹色に光る。
「ここからが本番だ…!」
「…食欲が湧くではないですか」
ヤナギは暴食と肉弾戦に出る。素早く右手を暴食の顔面に狙いを定め放つ。素早く風の音が鳴る一撃だったが、直ぐに抑えられる。しかしすぐに左手で追撃をし、顔の中心部分を殴りつける。
「…ふむ」
「終わらないからな!」
ヤナギは間髪入れずに顎に膝を打ち込み、その衝撃で離された手を使い、思い切り地面を押し出し、脚で思い切り蹴り飛ばす。暴食の腹がへこみ、そのまま壁際に飛ばされた。
「…やはり日々のトレーニングは人を強く、美しくする…」
「…驚かされました……」
暴食は立ち上がりながら、服に着いた汚れを払う。
「ここまで興味のわかない料理は初めてです。もう結構ですよ」
暴食は素早くヤナギを吹き飛ばし、ヤナギは壁へと吹き飛ばされ、背中に強い衝撃が響く。
「…ワタクシの食欲を満たす人ではなかったですか……安心してください。そこまで期待してなかったので」
「…おい暴食……何よそ見をしている。まだ、俺の美しさは輝いてるぞ」
「……もう貴方への興味はなくなったのですが」
ヤナギは手鏡で自身の身なりをチェックする。
「…ハノ、二人を連れて上へ逃げろ。暴食は俺が抑える」
「……ヤナギさん…もしかして!ダメです!前はあんなにボロボロになったのに!」
ハノは必死に引き止める。ヤナギの使おうとしている技、あれがどれだけ身体をボロボロにするか、ハノは知っていたからだ。
「だが使わなければ、皆ここで食われて死ぬだろ?俺を信じてくれ…」
「……ヤナギさん…」
ハノは何かを決心したようだった。
「お二人、逃げますよ。部屋の扉に僕の合図で走り出してください」
「…ナルシはどうなる……」
「彼を信じてあげてください。行きますよ!せーの!」
ハノの合図で二人は扉に向かって走り出す。
「逃げれると思わないことですね。ワタクシは、一度出された料理は食べ切る主義ですので」
「なら俺を…骨までしゃぶり尽くすんだな…!この美貌枯れるまで!」
ヤナギの拳が黄金に光り出す。その拳の放つエネルギーは、暴食の知っている中でもかなり上位だった。暴食は一気にヤナギに興味が湧く。
「これほどの料理をまだ持っているとは…!見せてください!貴方の料理を!」
「ああ、残さず吐かずに全部食えよ!」
ヤナギは拳を力強く握り込む。光が更に強くなり、辺りに暖かい風が吹き出す。
「ビューティフルアタッ……」
「そこまでだ……少し強すぎたか」
ヤナギが拳を放つ前、派手に部屋の天井をぶち抜き、何者かが入ってきた。天井からは太陽の光が入ってきており、その姿はとても神々しかった。
「…貴方は……おやおや、太陽の神から加護を貰った、人類史でも見ても最強と噂されている、イータさんではないですか…」
美しい彗星のような瞳、オレンジに近い白髪。青を中心に白を織り交ぜている服。腰には黒い鞘に入っている剣がある。
「君、もう安心してくれ。僕が来た」
辺りの冷たい風が全て消え、暖かくも神々しい風が吹き出す。
「うむ…貴方を食したいのは山々なんですが、今のワタクシでは少々力不足です。ここらで卓を片ずけるとしましょうか。次はまた熟した時に…」
ニヤリと暴食は微笑んだ。暴食が指を鳴らすと、黒い何かが暴食を囲み、暴食はどこかに消えてしまう。
「まて!逃がしたか………君無事かい?立てるか?」
「ああ、それより、俺の髪はどうだ?乱れてないか?」
「?大丈夫だが…どうしてだ?」
ヤナギは安心した様子で立ち上がり、手鏡で髪を確認し、少し乱れているところを直した。
「ふぅ…そうだ!それより、仲間は、洞窟から出た人達は無事だったか?」
「少し待ってくれ…」
イータがどこか遠くを見始めると、すぐにこちらに顔を向けた。
「どうやら、大丈夫そうだよ」
ヤナギは安堵し、胸を撫で下ろした。そして、そのヤナギに一抹の疑問が生まれる。
「…てっきり仲間が暴食について言ったと思ったのだが、違うのか?」
「日課の警備をしていたら、異様な気配を感じてね。来てみたら、まさか罪人がいるとは思ってなかったよ。それより、早く帰るといい。モンスターがそろそろ湧いてきそうだよ」
忠告された通りにヤナギは、素早く洞窟から抜け出し、外にいるパーティメンバーに合流した。だが、まだ不安はあった。
なぜ、罪人の暴食はあそこにいたのか。
「あの力…まさか……可能性はゼロではない…か」
イータは記憶に残っているヤナギを思い浮かべながら、ぽつりと一言いう。




