第207夜 QU
親ではない者から吸収を始める頃、友ができる。友は興味を同じくし、共に探求し、時に意見を闘わせ、激励し合い、喜びあう存在だ。人生においては目覚め、動き出し、体験し、混乱し、乗り越え吸収することを繰り返すが、シンプルな事象は次第に複雑にそして社会に関わるものへと変化していく。大学での目覚めはまさにそのスタート。間原 昇は土地開発の世界に惹かれていた。そこには幼少時に全身泥だらけになりながら土を掘って水を通した“村作りごっこ”の進化版があった。ひたすら地図を見渡す。ここぞという場所を凝視する。実地検分しそこが手を加え得る場所か精査する。そして計画し着手する。幼少時の直感のように事は容易く行えないが、大型重機がダイナミックに土を取り去る様子に痺れる。ただ現場で資材を運ぶアルバイトではあるが毎日の現場の進捗が眩しい。
「あんなに遠回りしていたのが、この道路の完成であっという間になるだろうな」
同じアルバイト仲間の渡辺 寛が菓子パンの袋から半分だけ引き出したピーナツクリームをサンドしたコッペパンに齧り付きながら言う。
「あの尾根を切り通すなんて思っても見なかったけど、ショベル(カー)があるとやれちゃうもんだね。俺もいつかはゼロからスタートさせる仕事をやりたいなあ」
虎ノ門自社ビルの30階。床から天井までのガラス窓から遠く丹沢そして富士山までもが見渡せる。そのパースペクティブを埋めるのは陰影の散らばる大地、いや隙間なく立ち並ぶ建物たちだ。CEOの間原はここに立つといつも思う、自然増殖の不可侵さを。
「来期の湾岸プロジェクトはようやく資金の見通しがつきました。ここからは図面の精査です」
プロジェクト担当常務がそう報告すると、
「ノボさん、いよいよだな」
渡辺専務はそう言い手を差し出す。
「ああ、俺たちの最終章だ」
間原はその手をしっかり握った。
「ノンボ、土曜はコシからムネらしいから行こうよ太東」
渡辺は波がサイズアップするタイミングを見計らって間原をサーフィンに誘う。
「いいねえ。ちょっと遠いけど俺が車出すよ」
「ありがとう。金曜の12時までにはカンちゃんちに行くわ」
「早くない? まああのへんはロコが多いから少し場所をずらしたほうがいいもんね。早く着いて探そうか」
大学生といっても本業は学業よりは遊び。二人にとっての本業はサーフィン、そしてその費用を賄うため工事現場でのアルバイトで予定は埋まる。
「来週からの現場は富津でしょ。いつも思うんだけどさ、東京から南房総って遠くない? 地図見ると富津と久里浜なんて橋掛けたら近いと思うんだけどねえ」
「いっそ房総に住んじゃったら楽だろうけどねえ」
「そんなことしたら完璧に大学には行かなくなる」
「だねえ」
「ノボさん、あんたの夢がもうそこまで来てるじゃないか」
「カンちゃん、それは俺だけの夢じゃないよお。あの日一緒に話したじゃないか、いつかあそこに一緒に橋を掛けようって」
「そうだけど…。でもノボさんはこう言って譲らなかった。開発はインフラだけじゃない。文化を再発見、醸成、広報しなくちゃいけない。暮らす人に便利になるだけでなく、人がやって来て経済が生まれることで、その土地が自立し出すってね」
「そんな偉そうなこと言ってたのか、俺。でもそれは今も変わらず思ってるよ。昔から暮らしていた人たちの景色にいきなりコンクリートの無粋なもんを建ち上げるんだからな」
「それは一番大事なことだね。ノボさんは…」
「おい、いいかげん俺たちしかいないんだから昔の呼び名で話そうよ。ノンボってね」
「わかった。じゃあ…ノンボは建設現場でいつも俺に語ってた。妄想でもイメージでも描かなきゃ実現に向かわないってな。確かにそうなった」
「いや、それを聞いてくれる相手がいなきゃ空回りさ。カンちゃんが都度都度方向修正してくれてたんだ、気がついてないだろうけど」
「確かにノンボの夢物語はスケールがデカすぎるからなあ。いつだったか、インフラ倍増論を唱えてたよね」
「そんなつまらないことよく覚えてるなあ。あの、道路も線路も敷いたところでその上のスペースがもったいないから、もういくつかその上に敷けば渋滞解消だ、ってやつね」
「費用はどうすんだって話だけど、今思えばまんざら悪くもないんじゃないか?」
「妄想だよ妄想。でも今度の湾岸プロジェクトはいける。あの南房総がすぐそこになるんだから」
「まさかサーフィンのためじゃないだろうな?」
「まさか。あんな最高の場所が一部のニーズのためなんてもったいないからね。もちろんレジャーのためだけではない。経済、文化全てだ」
「そのためにはまずは風通し、だったよな」
「そう。沈滞してはダメなんだ土地っていうのは。自然は守る以外の優先事項はないけど、放っておくのは別問題だ。自然淘汰の先には無秩序な暴走しか待っていない、そう思うんだ。房総の自然なんてまさにそう。熊がいないだけあって急峻な山や奥深い連山なんかはないけど、里山の身近な自然の宝庫だ。1箇所に人を集中させるんじゃなくて、点在させることで皆が森の住人になれる」
「仕事がAIに取って代わられる時代には、いかにネット上でサービスを深め提供するかがビジネスの肝になる。その時にはどこに自身の身を置いて健全でいるかが大事だな」
「ああ。買い物のインフラは構築されたわけだし、日常はその里の森で人間らしくいればいい。あとはそれぞれのエリアが持つ独自の世界やそこでしか食べることのできないもの、体験できないことを快適なインフラ網で味わいに行けばいいんだ」
「それで、この湾岸プロジェクトの核は何におこうとしている?」
「再会だ。本来の日本に会いに行くんだ。あの里山の本来の姿にね。利用しない土地には雑草が蔓延り増殖する。葛だらけの土地には誰も近付かなくなる。その繰り返しだ。俺がやるのは草を刈り道を作ることだ。人が近づけば手を施し、やがて故郷になる。三浦はほぼ畑に転換されたが房総はまだまだ低山と田んぼが大半だ。そこを橋で繋ぐことで流れるんだ」
「流れる?」
「意識がだよ。岬からはるか海の先に見える土地がものの10分くらいで踏める場所になると、そこは確実に自分ごとに変わる。お互いが友になる」
「今度はトンネルのない純粋な橋だ。視覚的にも繋がっている実感が湧くよなあ」
「だが問題は俺たちが完成まで見届けられるかだな」
「おいおい、やめてくれよ。10年かけたって俺たちはまだ70半ばだぜ」
「せいぜいその日を夢見て精進しようじゃないか」
「いよいよあの日描いた夢が現実になろうとしているんだなあ。さしづめQuiet Unityってところだな」
「ん? Q.U…。旧友か? ノンボは昔からその略す癖は変わらんな」




