第205夜 アブラハヤ リンカン
それにしてもこの川はどうだ。
大小様々なパターンのフライ(毛鉤)を流してもピシャリとも言わない。
渓相はとても良い。
適度な水量。
それは鱒が警戒心を減らす要素。
適度な岩。
それは鱒が身を隠しながら餌を待てる要素。
適度な高低差。
それは鱒が無理なく定位できる流速。
鱒の鱒による鱒のための環境。
私は歩みが遅いが、決して引き返さない。
何がなんでも鱒に会って帰るのだ。
それにしてもこの環境はどうだ。
植林された森ではなく、
落葉が地面を適度に覆う落葉樹林。
シラカバ、サワグルミ、ナナカマドたちを抜け、先の淵へと進む。
木々の合間から早朝の陽がところどころ差し込み、フェトンチッドが充満しているのがわかる。
釣りの目的の半分は自然が発するこの空気を吸うため。
肺にいいことなんて普段していないだろう。
(30年前にタバコを辞めたことくらいか)
この一帯の微細な木々のアロマが肺を経由して、全身の血液や体液に浸透しているに違いない。
そしてそれが体に悪いわけがない。
思いっきり肺の奥まで深呼吸をし進む。
淵は緑色の寒天のようにみっちりとして待っていた。
先行者は鹿らしき足跡のみ。
この朝まづめ時はまだ成虫の水面流下はなく、水中に漂う幼虫や蛹を鱒たちはたちは食す。
特に淵、しかもとても深い。
底まで毛鉤を送り込むべく、しっかりレッドワイヤを巻き込んだ大きめ#8のヘアズイヤニンフを淵のすぐ上の流れに落とした。
ラインを張り続け、くわえる瞬間の微妙な感触を探る。
淵の底を通過した毛鉤は下流側の傾斜に差しかかったところで、コツコツと川底の小石にぶつかっているのがわかる。
間も無く淵の終わりに達し竿を上げようとしたところに引っ張るような力が襲った。
すかさずその逆向きのベクトルを手元で働かせると竿先がググッと絞り込まれる。
イワナか?
竿先はその見えない相手に翻弄され淵底へと靡く。
この引きは大物に違いない。
今週友人と話した時、
「イワナは美味しいのか?」
そう聞かれ食べたことなどないことを伝えると、
「何で時間を割いて、わざわざ山奥まで行って食べないの?」
そう驚かれた。
わからないかなあ、私はイワナに出会うためにそこに行っているのだ。
手にするときには手の体温で火傷をさせないよう流水に手を浸してから触れる。
空気と水と、違う世界の両者が出会ったことを少しだけ味わい、水へ戻す。
「口に鉤を刺しておいて綺麗事言うんじゃないよ」
友はそう言うが、カエシのない細く小さな鉤は注射ほどのダメージしかないはず。
再会のハグと思ってもらえると嬉しい、そう考えている。
相手の棲む世界に入り込んで征服しようなんて気はさらさらない。
イワナにはイワナの自由に暮らす権利がある。
ご挨拶したら何事もなかったように棲家に戻ってもらう。
そう思っている。
「イワナはそんなに愛おしいのか?」
そりゃあもう。
引きは次第に弱くなった。
相手も疲れたのだろう。
それにしても何かいつもと違う手応えだ。
竿を立てこちら側に手繰り寄せると、従順になった相手は枯れ枝みたいに寄ってくる。
イワナではない…、ハヤだ。
しかもこの斑点は、アブラハヤ。
それにしてもでかい。
普通は大きくても20cmに足らないくらいなのが、これは尺近い。
会いに行ったが本人はおらず管理人が出てきた、そんな心境だ。
アブラハヤはアブラハヤによるアブラハヤの生活がある。
今日のところはこのリンカンの渓を引き上げることにする。
では、またいつか。




