第201夜 マイケル エンドレス マイケル
ジムのプログラムのソウルダンスコースでも講師には沢山の推し生徒が群がる。一面鏡に背を向けアイソレーションを実践するKTはフロアを埋める生徒たちを見渡す。ヨガコースから流れてきた生徒は短丈のタンクトップとレギンスのフィットしたシルエット、ヒップホップコースからはルーズシルエット、マシンからはマッチョな男たち、往年のディスコ世代は3本線のパンタロンジャージと多彩で見ていて飽きない。KTも黒Tにカーゴパンツ、足元はバンズのハイカット、頭をタオルで包み縛るスタイルをトレードマークとしている。アイソレーションを終えると、一旦クール・アンド・ザ・ギャングのゲットダウンを止め今月の課題曲の説明に入る。4週で一曲の振りを身につけるサイクルなので初回は重要、生徒たちは新たな課題曲が告げられるのに固唾を飲む。KTはこんなにも視線と耳のそば立ちが集まる光景が毎月の楽しみなので、軽い近況話なんかでこの時間を引き延ばす。じれに焦らされた生徒たちは話の方も楽しみに来ているわけだが、やはり課題曲が気になり今か今かと体を揺らし始める。しばらく話をしていたKTは音響機器へと歩みスイッチを入れると強烈かつ馴染みのあるイントロが流れ出す。
「スムース・クリミナル。マイケルだよ」
生徒たちからは、
「まさかゼログラヴィティを?」
「ムーンウォーク?」
と悲鳴のような声が上がるがKTは、
「君たち、それは流石に無理でしょう!」
そう言って最初のパートを踊ってみせる。あのPVのキレのある動きをマイルドなものにしてくれている。生徒たちはほっと無でを撫で下ろし、KTがさらに分解したフレーズごとの動きに取り組む。聴き馴染んだ曲は自然に体が感応して動き出すが、それが4週後にはPVをトレースできるとなると俄然モチベーションが上がるのだ。
KTのモチベーションもそれだった。四国松山のいち少年は柔道に賭けていた。暑い日はサウナのような、寒い日は氷上のような畳部屋で青春が刻まれていたが、疲労で泥のように横たわる自室にはマイケルがいつも流れていた。そんなある日、音でしか聴いたことのなかったマイケルがテレビのPVで踊っているのを見た途端、衝撃を受けた。
「この素早く、それでいてひとつひとつの体のパーツの動きがしっかり見て取れるのは並の技じゃない…」
柔道は動きを人に見せることを目的としていないが、体を使うとこんなことをやってのけることができるんだ。そう思ったKTは動きを真似してみるが、これが意外にも出来た。ひとつひとつの動きを休止させてキレを出す、いわゆるロックダンスは道着の襟を掴んで引く動作で応用出来た。ムーンウォークでさえ、ゆっくりしたバランスの体重移動とすり足で真似事以上の再現が出来た。KTは夢中になって録画したビデオを擦り切らし、高校時代をそれに費やし、卒業後は大阪のダンススクールの門を叩き、校長からはやや重心は低めだが抜群の安定感とキレは嫉妬すら覚えるとまで言わせ、そして鏡の前に立った。
ついあの日のPVと寸分違わず体が動いてしまい生徒から難しすぎるとの苦情が飛んできてしまうが、マイケルなのだからしょうがない。マイケルはエンドレスなのだから。




