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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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187/221

第187夜 焼餅屋の賞味期限

鎌倉土産はいろいろあれど、ウチの焼餅もなかなかなもんだと思いすわ。

なにしろかれこれ100年以上やってますからねえ。

なんでかってお聞きになりたいんでしょうが、それはあたしたちにも分かりません。

もちろん私の爺さんのそのまた爺さんの頃からやってきたことを守ってきましたが、ってことはそれだけ進歩はないんです。

餅米はずっと新潟の北蒲原のを使ってますし、小豆もずっと北海道帯広。まああのプチプチした食感は秘伝ですがね、ああ、そんな特別なことはしてはいません。

つく時に少し固く蒸したのを混ぜるだけなんです。

ああ言っちゃいましたね。


この間、ちっちゃなお嬢ちゃんが5百円玉ひとつ持ってお使いに来たんです。

ウチはこの焼餅しか置いてないからいくつ買うかだけなんですがね、その子は肝心の数を忘れてしまったんです。

誰がいつ食べるのかって聞いたら、おばあちゃんちに行くから、ってそう言うんですね。

そうしたらこの子のおばあちゃんならまだ60ちょっとでしょうからおじいちゃんが居て、そこにこの子の両親と、居たとしてお兄ちゃんが一人、つまり6人ですね。

餅はひとつ100円ですからひとつ足りないですわ。

まあ何、ひとつもふたつも変わらないんで6つ入れて5百円もらったんです。

そしたら30分くらいしてその子がラップに包んだ餅をひとつ持って来たんです。

やっぱり5つでよかったんだって。

律儀ですよね。

あたしはそれをその子に戻して、お駄賃だってお母さんに伝えるように言いました。


この建物ももうずいぶん古いでしょ。

それでだと思いますが、昨日屋根専とかいう業者がこのままだと大雨で商品がずぶ濡れになっちまう日が来るって脅すんですわ。

もちろんそういう押し売りがいるってのは聞いてましたから、じゃあ明日から商品棚の上に傘さすようにしますって丁重にお断りしました。

それでももちろん心配は心配なんです。

でもねえ、蒸餅米の香りが染み付いたこの家屋を新しくはしたくないんですよね。

なんだか味まで変わっちまう気がするんですわ。

例えたら醤油作りを樽からステンレスタンクに変えるような気持ちですかねえ。

品質管理は確かに楽になるかもしれませんが、根本的な何かが失われると思うんです。


焼餅屋なんて名前つけてるもんだから、私が相当嫉妬深いって思われるんですね。

だから馴染みの人は“駅前に梅ヶ枝餅出す店が出たってよ”なんて焚き付けるんですが、私の方は何の感情も動きません。

むしろ甘いものがみんなに受け入れられたらそれでいいんです。

私はこの荏柄天神の参道で店を継いで来れただけで十分ですわ。

まあ私たちは子宝に恵まれませんでしたから、後にこの店は無くなってしまうかもしれません。

それまではこうして焼き続けます。

ああ、あったねえ、いつも香ばしい香りさせてる店が、って誰かに話継がれていけばそれでいいんです。

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