第185夜 カレー一杯の幸せ
フォーシーズン大手町から濠橋ふたつ北に位置する千代田区役所。10階の食堂は一般の人たちにも開放し、皇居の杜の眺めを提供する地域最安のパノラマサロン。フォーシーズンのように恭しくはないが、ランチタイムを外したこの時間の放置空間は千代田区に40年通勤した末に巡り合ったハイダウェイだ。さらに、昨今趣向を凝らしがちな国民食のカレーがここでは昔のままの家庭の味、いわゆるルー箱に記されるレシピそのままの外食産業の希少種なのだ。大きく切られたにんじん、じゃがいもがゴロゴロ入った満菜カレーは命名の思い入れほど気をてらっておらず、何の変哲もなく美味い。故郷の食卓、合宿の飯盒炊爨のカレーを想いながらスプーンを運んでいると、
「それ便利そうですね」
さっきまで3つ先のテーブルに座っていたはずのカーデガンを羽織った女性が、役所の休憩時間なのであろう、小さな手提げを持ってわざわざこちらにやって来て声をかけてきた。私がカレーを一口食べてはキーボードを打ち込む姿が気になったのだろう。無理もない、スマホ画面にブルートゥースの折りたたみキーボードというスタイルはエクセル仕事でもなく執筆でもなさそうだから。
「ええ、ノートPCではこんな風に“ながら食事”はできませんよね。このキーボードさえあれば長文だって苦にならないんですよ」
そう言って折りたたんだキーボードを女性に手渡した。
「軽いのですね。そして広げたら思ったよりキーが大きくて、PCのものより打ち易そう」
「そうなんです。手首位置を変えることなく全てのキーに届くのでPCより能率がいいかもしれない。あなたも外でキーボードを使うことが多いのですか?」
「ええ、日記を書いているのです。もう小学生で始めてからかれこれ…、あ、これを言ったら齢がばれちゃいますよね。大学生の時にPCを持ってからは手書きじゃなくキーボード。そのためにノートPCを持ち歩くのは大変だったのだけれど」
「これならカフェですぐに開けます。文字を打つだけならこれで十分」
女性は試させてと言って自分のスマホにタイピングを始めながら、
「日記って書き溜まっていくばかりで、もう一度読むことってないでしょ。だからSNSが登場してからは素性を明かさずにアップしてみることにしたんです。そうしたらいいねが付くたびに見返すし、コメントなんかが入ると嬉しくなってモチベーションアップするんですよね。ほら」
折りたたみキーボードに出会った感動を書いた短文に、“それって便利そう”というコメントが入っていた。
「早いですね、返事もそうだけどタイピングの速度は並じゃない」
「会議の書記が仕事みたいなものなんです」
その日記が読みたくなりSNSのURLを求めると女性は躊躇なく教えてくれ、礼を言い職場に戻っていった。
眺望が暗がると食堂も夜の部になったようで、各テーブルが埋まりだしたので席を立つ。食器を返却カウンターへ戻し出ようとしたところ、来た頃はカフェだったところがなんと酒場に変身している。
「役所でも酒を出すんだ…」
今度来ようと出口に向かうとクラフトビールの立て看板が行手を阻む。そして気が緩む。
「今週のビールとおかきをください」
そして人生最長の区役所滞在時間記録となる。外に向いたカウンター席は紛れもなく千代田区最上級のビューポイント。目の前に俯瞰できる夕暮れの皇居の杜が鬱蒼としたままで夜を待っている。ふた口クラフトビールのフルーティさを味わうと、やおらキーボードを開き先ほどの続きを打ち込む。
“セントラルパークのような公園ではないこの都心の杜は、まもなく住人とともに眠りにつく。まさに不夜城東京の不可侵の蔀帷。やっと気付くが杜の周囲には繁華街は成らなかった”
私の日記は還暦後に始まった。誰に読ませるでもなくただのメモアプリに随筆気分で継続必須を励みとする。文に区切りがついたところで帰路に着いた。
先立たれた初老の身には夜は長すぎる。日暮れ後、山口五郎の尺八を一通り、続いてジェゴグの竹琴を流しているうちに微睡がやってくるが今日は違った。あの人の日記だ。誰であれ感動の実況は共感を呼ぶ。して我がキーボードへの感動は? 先ほど教えてもらったSNSはしっかりと今日の日記が更新されていた。
“職場の上の階に私のハイダウェイがあるんです。メトロポリタン東京の中にあって、モリモリした杜を俯瞰できる縦窓席。ここで1日を振り返るのが私の癒し。今日その席で同じ気持ちを味わっている人がいました。小さなスマホの画面に、見たことのないほどコンパクトな折りたたみのキーボードで何かを黙々と打ち込んでいました。しかもカレーを食べながら(笑)。でも、羨ましかった。感情は書き留めるものだから。話すんじゃない。話すのは自分の一方的な開放、時間の束縛。だから私は書く。読まれなくてもいい。だってこれは私の日記だから”
あの人は公開するのがモチベーションアップと言っていたが、やはり日記は自分に向けたものだ。そして自分を、鏡のように見るものだ。続けて彼女は書いた。
“電車で見ていると思うんです。ぼーっとスマホで何かを見たりひたすらゲームをしてる人と、LINEでも何かを考え打ち込んでる人と、目が違う。今日ハイダウェイにいた人は後者。しかもナイスなジェントルマン”
スマホを置く。噛み締める。ただただあのカレーの夕刻を。




