第183夜 ひえたる文章よ
冷めた文章を突き返された。
「この羅列字のどこにドラマがあるのか?」
さすがにその言葉は堪えたが自身が一番よく分かってはいる。そもそも冷めているのだ。ハリウッドのパターンに心動は起きず、ナショナルチームの勝利にも、気鋭のフレンチにも、そして恋などにも。こんな脳から湧き出すのは淡々とした妄想ばかり。およそ人様は歯牙に掛けることはない。それでも頭中の掻痒を晴らすかのようにキーを叩く。またいつものように文字の羅列が始まる。
尺八の音が部屋を包む。余白ある音色が一層心を静粛に導く。目を閉じれば苔むした幽玄の森に居て、ゆっくりと舞っている。岩王尉の面を着け、しかしその下でも一切の感情は見せず淡々と舞う。たまらなく心地いい。三つの欲など足元にも及ばない。木々の吐気はアロマを帯び湿潤な冷霧が首筋に纏わる。自らも幽体離脱し霧と化す。酷使した身体を脇目に冷めていた思考は冴えていく。霧のように漂い流れ溜り、しかしやがては晴れ渡る。怒号も流血もないドラマ。絶頂なる世阿弥をして唸らせた増阿弥の“ひえにひえたる”尺八と謠に想いを馳せ文字は羅列していく。無地に文字が現れる毎、連なりは冷めず冷えていく。
白木机のモニターには羅列字。あれほどの幽玄の最中に身を置き離脱したにも関わらず
その羅列にはドラマがない。あんなにも研ぎ澄まされた思考環境の中でありながらドラマは生まれないのだ。待て、ドラマとは何だ? 想定外の心動か? 刺激のことか? もっと砕くと、泣ける展開か? 私は要らない、その様なドラマは。あの離脱こそがドラマだ。身体とともに生きる現性においての非日常、それがあの幽玄での離脱なのだから。




