第182夜 上善如水上毛鉤
苔岩で別れた流れがまた合流する。岩の下流側には鏡面のような止水域が生じ、その先で左右から合わさったふた筋の流れが躍動する。流れ来る落ち葉はしばしこの躍動の蹂躙被害者となり、後にトロ瀬に揺蕩い去る。
竿を手にした男は大きめの帽子のつばを少し下げ、日射光を遮り水面を凝視する。視線の先には薄茶色の綿毛のような毛鉤が浮流している。先ほどの落ち葉のように完全に流れに身を委ねたかのように見える毛鉤には極細の鉤素糸が付いているのだが、男の手加減により糸に引っ張られることもなく毛鉤は自然に流下している。苔岩下流合流筋をひとしきり流れきったところで男は竿を振り上げることで毛鉤は宙に舞う。さらに竿をゆっくりと前後させることで毛鉤は再度上流右側へ飛翔する。竿からのびたテーパーのついたライン(釣糸)の鞭のような動きにより、先端の毛鉤は苔岩へと向かう。しなり戻った糸先端は正確に苔岩の下流側斜面に乗り、滑り降りながら静かに水面へと着水する。男は竿先を振るわせテーパードラインを上流側に送り込むと毛鉤は鏡面域にしばらく停滞する。まさにこの毛針が模しているフタスジモンカゲロウが尾を水面に入れ散乱しているかの様。数秒後、流石に停滞の限界に達しようとしたその時、水飛沫と共に毛鉤が黒影に引きづり込まれた。
この瞬間のために釣りをすると言っても過言ではないほどの希少体験。つまり空気を吸う私たちと水の中に棲む魚との異界合、といっても危険を犯してまで会いに来てくれたのは魚の方だが。例えれば我々人間が大気圏外で酸素マスクを外す様なもので、考えただけでも思考力が飛んでしまい魚のように獲物を自分の生息域に引き摺り込もうなどという意欲は持てない。ただしカゲロウ以上に魅力的な何かがあれば別だが。犬や鳥などと共生するこの生息域に身を置きつつ魚たちの水棲環境に想いを馳せてみる。水底の甲殻類やカジカなどの底魚は頭上を悠々と泳ぐ大型雑食魚に戦々恐々としながら暮らす。あたかもミサイル・爆弾を恐れるように。そんな弱肉強食という消え去ることのない宿命の界の中で毎日が過ぎていく。ではカゲロウ。幼生期を水中で過ごし羽化と共に水棲環境から脱する。水棲マスクなる殻を割り異世界へと。その脱ぎ切るまでのわずかな瞬間、魚の目に止まり元の環境へと引き摺り込まれる。
上善如水。老子の説いた物質としての水はその形状を変え、低きに流れ、隙間に入り、時には施し、時には恐れられる。もちろん我々には欠かすことのできないもの、ましては魚をや。足をつけるその水、その流れに今一度意識を傾け毛鉤を投じカゲロウアバターを操作する。着水の瞬間は産卵の体で、浮流の間は羽化の体で。やがて魚が姿を現す。まるでカゲロウが羽化するかのような無防備な脱出を図り、不覚の網に収まる。釣人はその異世界体験を労い、また元の水棲環境へ魚を帰す。




