第181夜 圏論、いえ宇論 射、いえ粒
全ての物事は関係で繋がる、そのパターンでできている。物質の素粒子からなる組成、人間関係、世の中の出来事、すべて単独では動くことはない。圏論ではその連鎖関係を関手、繋がりの作用を射と規定するが、仏教でそれをなぞらえると関手は宝珠、射は縁起となる。いずれもこの宇宙は相関関係で成り立つ。宇の宙。宙は空、では宇は?
【宇】
1.
大きなやねの下。天地四方。
「宇内・宇宙・御宇・八紘一宇」
2.
ひさし。のき。やね。
「堂宇・屋宇・眉宇」
3.
いえ。
「殿宇」
4.
度量。器量。
「器宇・気宇」
5.
建物を数える語。
「金堂一宇」
つまり、この世の形状。宇の下での相関関係が全てだ。肉体が朽ちても素粒子という物質の相関関係が新たな繋がりへ移行するだけであって消滅はしない。それが縁起だ。先祖という記号で継承される形なき存在は永遠で、射に具現化した場合の重重さは人智を超える。
目視。
今この瞬間の視界がシナプスにより既存の知識のあらゆるものと瞬時連鎖され重重する。初めて見たものが自身の全てに溶け込み、連鎖した新たな知識が他の事象と連鎖し重重する。それはあたかも鏡面の球体に映ったものが周囲の鏡球に映り連なるように。宇にはあらかじめその鏡球が無尽に存在し新たな事象が映り関手により射を伝う。宇とは鏡球の充満した箱のこと。
無明。
そのイメージが湧かないと苦労することになる。どんどん繋がるだけのものが、嘲笑や讒言や排除や絶望など要らぬ勘違いをするようになる。あくまで繋がるだけなのだ、それだけを思い周囲を優しい目で見る。もちろんその均衡が成り立つならば何も起こらない。ひたすら繋がり続けるのみだ。
特異点。
均衡の中に捻れのようなものが起こる。例えば利己。より多くの光を取り込もうとその方向を変える。変えたとて変わらない鏡球なのに。信仰の名のもとに侵攻し、領土という記号の線をずらそうとする。ロボット兵を遠隔操作する様はただのゲームだ。血流の。
意識。
警戒、猜疑、排他の心を消し雑踏を見遣る。それは兵馬俑ではなく生きた面々。目視圏の鏡球に映る関手。もとから繋がっていた射。それを知るか知らぬかでベクトルの誤差は大きく生じる。映り込むものは純である。素の有り様が映るので知らぬまま晒しては後悔するはずだ。肉体と離れても存在すもの、それが意識だ。
拡張し果てを押し広げるほどの投影連鎖を繰り返すことで宙は変化する。ではその中の鏡球に映っただけの我が身は? 残念ながら何一つ変わることはなく連鎖を続ける。




