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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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180/221

第180夜 焚火禅

 こんなにも気が散る時間。それもそうだ。暗闇の唯一光がこれだ。炎は心を突つき熱射は身体を炙り出す。否応なく向き合い、否応なく問いを投げかけられる。それは目を閉じたとて容赦なく押し寄せる。堂畳での線香一本座とは異なり、無の気配はない。あたりの静寂を堅木の爆ぜが打ち破り、そしてまた戻る。熾火がメラメラと怒り、問答を強いてくる。

<煙は沁むか?>

頭を振っても逃げきれない煙は否応なく開眼を阻んでいた。

<まだ沁む>

<まだとは>

<まだここにある故>

<脱!>

静寂に鹿の遠鳴が木霊する。

<笑っとるな>

<いえ悲しんで聞こえます>

<お前の迷いをだ>

熾火は正面を炙り続け背筋を放置し続ける。火に背を向けるのは本能的に不安ゆえずっとこのままだ。如何ともし難いこの状況に悶々とする。

<月は面白くないな>

<…>

<背を向けてみろってんだ>

いいかげんこの問答に辟易してくる。おそらくこの熾火の仕業だ。封じ込めるかのように新たな薪を中心に放る。しばらくすると火が移りあたりが少し明るくなる。

<海は凪いでおる>

<ここは森の中だが>

<その明かりで見えんのか>

<海など見えるまい>

<照らしたのは何故だ>

<逃げるためだ>

<存在からか>

<私は現にここにいる>

<心が海だ>

鬱陶しさが増した。熾火でないならこの正体は何だ。一陣の風が吹く。芽吹き出したオニグルミがありったけの枝を揺らす。まるでこの問答を投げる正体を拍手で応援するかのようだ。

<木は足りるか?>

<一晩中こうしているつもりはない>

<そうじゃない。逃避の木のことだ>

<…>

<焚べることでいっ時は救われるんじゃろ>

<周囲が照らされ事態が一変するからな>

<燃え尽きればば元の通りだがな>

<周囲を見るのは大事なことだ。迫り来る危険を察知できる>

<で、木は足りるのか?>

行雲の合間に満月が覗くと一瞬辺りは青くなり、また暗闇に戻った。


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