第176夜 栄西の視座
新たに依頼された仕事はカフェチェーンの永田町店の設計。クライアントは、
「場所柄政界の関係者が多いので、なるべく顔を合わせたり会話が聞こえたりしないものにしたい」
とのことだが、それならカラオケボックスに行けばいいのにとは言えず持ち帰った。提案は2週間後。パース画まで作成してプレゼンを行うことになっている。まさか既視感のあるカラオケボックスみたいなものを見せるわけにいかず煮詰まったので、気分転換に鎌倉の海でも見ようとやって来た。由比ヶ浜は冬の間国道側に堆積した砂をブルトーザーで鳴らす作業をしておりとても寛げる状態ではなかったが、青空が広がり5月並みの陽気にとんびが気持ち良さそうに縦横無尽に飛び回っている。せっかく来たのだからとベンチに横臥し左腕で頭を支えていると、さっき買ったさつま揚げのビニール袋を急降下を繰り返しながら物色し始めた。子犬や赤ん坊までをも空中に持ち去るという話を聞いていたのでこんな袋などいとも簡単だろう、そう思い抱き抱えるように起き上がり海を後にした。
気分転換というのは文字上の慰めで、当の本人にとっては課題が頭中の片隅に居座り続けているものだ。プライバシーの高いカフェ。そんなものはこの世には存在しない。カフェとはお茶を飲むだけの場所ではなく、おしゃべりをし、往来を観察し、時に独りで読書をしたり執筆に勤しんだりする場所だ。遮断された空間などあろうものか…。そんな愚痴を悶々と唱えながら寿福寺との標識を過ぎたところに『カフェ栄西』なる木札が目に入ってきた。見ればいわゆる我々の業界で言う旗竿地、つまり大きな土地の活用法として主の土地へ行くために隣地の脇に通路を設け向かうもので、細い通路と開けた土地の形状が旗と支柱に見えることから旗竿地と呼ばれているものだ。
「旗竿にしてはアプローチが長すぎる、そして手入れが美しすぎる…」
枝網代の塀が続く小道は踏み石が続き、その間は苔と川砂利が清々しく施され打ち水がされている。この先の空間に興味が高まらないわけもなく進んでみることにする。
母屋は予想に反し炭を混ぜたコンクリートの打ちっぱなしで、一切窓のない硯のような箱状建物は鎌倉にあっては異様とすら言えた。唯一伺えるウォールナットの引き戸を恐る恐る開けると行燈の灯りに照らされた暗い空間。そこがロビーのようだ。木札を頼りに来てみたことを告げると、店員はここは新解釈の茶室、とはいえ形式ばった空間ではなくただのカフェであると説明した。私が独りであることを伝えると先導された。建物の内部は広いのか狭いのか判断がつかず、茶室へ続く曲がりくねった露路のような廊下を行くと、『笹竜胆』と記された扉に案内された。その扉は廊下の地面からは一尺ほど上がったところにあり、店員が引き開くと外の陽を障子で遮ったような柔らかな灯りの空間が目に入った。
「ごゆっくりどうぞ。ご注文は…」
店員はQRコードのカードを手渡し全てここから行うよう伝えた。
その空間はカフェというよりは茶室だ。ネットカフェのようなコンパートメントへは躙口より一畳の畳に入り込む。その右側には一尺ほど段差を作るように新たな一畳、それだけ。客はその一尺の隙間に脚を入れ掘り炬燵のように座る。井草の香り新しい卓上には香が焚かれ、それ以外には何もない。座した左側は陽を通した障子、対峙する壁一面の大型モニターには濃緑の苔庭が映る。先ほどのカードのQRへアクセスすると和紙に墨で書かれたメニュが表示される。この空間には抹茶なのだろうが課題に向き合う時のいつもの味方であるコーヒーを欲し、メニューにある扇が谷ブレンドを頼む。まずはこの空間に馴染むために目を閉じ深呼吸をする。ゆっくり目を開くと明らかに茶室の中に居るのだが閉ざされていなく、モニターに映る景色に対峙する自分がいる。思えばそれは明らかにモニターが表示する映像なのだが、12Kの高精細でガラス越しの景色であるような錯覚は否めないし、嗅覚をくすぐる香が森の呼吸を思わせる。この錯覚…、気を取り直し左の嵌め障子を探るとどうやら太陽光を模したLEDだ。つまりこの空間はリアルをバーチャルが包んだハイブリッド空間なのだ。
「コーヒーをお持ちしました」
作務衣を着た店員が黒漆の盆に乗った茶碗を躙口より差し出す。あとは自身のノートPCを稼働させようが、一畳に横になり読書をしようが、そのままうたた寝しようが自由だ。一口コーヒーを含むと頭中が整理され始める。実際にこのコンクリートの建物に窓を設えたならばこの鎌倉扇が谷の緑の借景が取り込めるものが、LED光の障子に置き換えられ、代わりに擬似苔庭が映される。作為的体験、密閉実験…、いや、ここ扇が谷、それよりも栄西という店名。隣地寿福寺の開山である栄西は日本に茶をもたらした僧、禅宗臨済宗の宗祖だ。さてどう解釈しようか。京都建仁寺を開いたものの布教に限界を感じ鎌倉に来た叡彗。曹洞宗開祖道元も僧正と仰ぐ。その教えを想う。想うほどに眼前のリアリティは意味を失い、真理へと向かう。香の存在すら嗅覚が停止することで薄まり、苔庭画像も半眼にはもはやシルエットでしかない。私は朧な光の中、自身と向き合う。永田町の課題、そこに集う政界人、国家を思う会話…、あるべき空間が発光し始める。一服の茶、閉ざされた空間、腹中の真理…。対峙するモニターの画像がゆっくりと転換を始めた。全ての画像が新たになるには数分を要した、そんな意識の中で画像は夜空になった。満天のそこには肉眼では成し得ない膨大な数の星々と星雲が充満する。先ほどの苔に絡んだ水滴が果てしなくピンチアウトされた。私はそこで気がついた、栄西の視座が。




