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沙伎


 すぐに帰って来るような事を言ってみやこに上った阿礼だったが、実際には中々帰って来なかった。

 「そりゃあお役目に馴れんうちは、里下がりなぞ出来なかろう。仕事を始めるという事はそういうもんじゃ。」

 里の者は皆、そんな風に沙伎を宥めるけれど、沙伎は全く面白くない。

 阿礼に聞かせようと思って歌を覚えても、聞かせる阿礼が来ないのではどうしようもない。比売田からは折々に助けの人手が入ってくるが、沙伎はその度につい阿礼を探してしまい、がっかりするのを繰り返した。

 沙伎の毎日は平坦だ。

 麻糸を紬、田畑の世話をし、歌を覚える。

 最近やっと機を任されるようになったが、まだまだ強張った布しか織れない。

 阿礼の出仕の折に渡した着物は、婆様が織った布でこしらえたのだ。沙伎は早くしなやかな布を織れるようになりたかった。

 今はしなやかな麻布を織ることで知られているが、元々は沙伎の里は鍛冶で知られていたのだそうだ。

 針や農機具だけでなく、刀も打っていたらしい。らしいというのは、沙伎が生まれる前の話だからだ。

 沙伎が生まれた頃に外国とつくにとの戦があったそうだ。まずその戦のために刀や槍を打つ者が多く召出され、連れ去られた。

 その後、急な遷都みやこうつりのために、農具を打つ者を含む男手が連れて行かれた。

 連れて行かれた者は、結局今まで戻っていない。

 沙伎の父は遷都のために連れて行かれたそうだけど、沙伎は父の事を何も覚えてはいなかった。

 そうやって男手を奪われただけではない。

 男手の足りなくなった里ではまとまって作業出来る大きな家をたて、そこで集まって糸紡ぎや機織りをやりながら、子供の面倒を見るようになった。そうすれば田畑の世話をする人手を確保しやすかったからだ。

 その家に、雷が落ちた。

 丁度、翌日に早朝からの農作業の予定があり、里のほとんどの母子が家に泊まっていた。そうすれば子を起こす事なく仕事に出られるからだ。

 落ちたところが悪かったのか家は崩れ、しかも火が出た。

 その火事で沙伎の母も死んだ。

 沙伎はたまたま熱を出し、大刀自の婆様に預けられてその場にいなかった。そうでなければきっと沙伎も死んでいただろう。

 今では里に鍛冶は爺様がたった一人だけだ。

 沙伎より小さい子供もいない。

 年寄りと、僅かな女子供だけが、取り残されたように里に暮らしている。

 比売田のような里に比べれば、あまりにか細く頼りない里に見えるのだろうと思う。

 でも、沙伎は自分が生まれた里が好きだ。誰かに羨ましがられるような里ではないのはわかっているけれど、それでもこの里が好きだと思う。

 そして、里に伝わる物語も好きだ。その物語を歌う事も。

 歌は誰でも聞いてくれる。

 里には年寄りが多いから、聞き手には困らない。

 でも、沙伎は阿礼に聞いて欲しい。

 阿礼に歌を聞いてもらって、それから阿礼の声が聞きたい。

 百日を数えたところで、日数を数えるのはやめた。

 でも季節が一周してもまだ、阿礼は帰って来なかった。

 年で数えるのは嫌だ。

 阿礼が帰ってこないような気持ちになってしまいそうだから。

 さらに次の年は大変だった。

 夏にどこだかで大風が吹き、家を壊したらしいという噂がたった。

 秋には里にも嵐が来て、収穫前の田に被害が出た。

 その後に大王を呪って自死したものが出たとかいう不穏な噂が流れ、その直後に大きな地震が起こった。








 


 


 




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