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 走り書きの文字を、新しい竹簡に写してゆく。側では阿礼が走り書きに使った板を、砥石にかけていた。表面の墨の入った面を削ってしまえば、板にはまた文字を書くことができる。全体を消すのに、小刀だとあとが書きにくくなるので、砥石で滑らかに磨いているのだ。

 作業は阿礼の部屋で行われ、今では部屋の隅には書きかけや走り書きの板や竹簡が多く積まれている。清書の終わった分は安麻呂が持ち帰り、保管していた。

 安麻呂が根をつめた作業の合間に息をつくと、沙伎の人形が目に入った。

 いつでもきれいに整えられて、一緒に季節の花など飾ってある。今は白い萩が竹筒に生けられて、わずかに花びらをこぼしていた。

 阿礼の身体から離された人形は、結局仕舞い込まれることはなく、阿礼の部屋に飾られている。

 「あ、やってる、やってる。」

 戸が開いて、(ふひと)が顔を覗かせた。 

 史はまだ成り立ての舎人だが、文書を書くことが巧みで、いつの間にか安麻呂の清書を手伝うようになっていた。年は安麻呂よりも二つ三つ下かというところだが、人懐こい質なのか大舎人寮でも当たり前のような顔をして混ざっている。

 「お前も暇なやつだな。せっかくの非番に他にやる事はないのか?」

 場所をあけてやりながら安麻呂がくさす。

 「安麻呂さんにいわれたかないですよ。そもそも誰の道楽なんです?」

 史は部屋に上がり込むと、座る前に沙伎の人形にちょっと目礼した。事情を話したことはないはずなのだが、薄々察しているらしい。

 決して不躾に距離をつめない史の人懐こさは、安麻呂にとっても不快ではなかった。

 そのまま座って、走り書きを取ると、整った字で清書を始める。

 「面白いですね。河内の方に白鳥の陵と呼ばれる陵があるとか聞いた事があります。同じ白鳥でしょうか。」

 思わぬ史からの情報に安麻呂が食いつく。

 「本当か? それは確かめたいな。」

 安麻呂の言葉に阿礼も肯く。

 「そうだな。確かめて、同じ白鳥の話なのなら、加曽女にも教えてやりたい。」

 聞き集めた伝承が増えるごとに、物語の流れのようなものが垣間見えてくる。そのことに安麻呂は興奮せずにはいられない。

 バラバラの伝承では単なる遠い物語であったものが、組み合わされ、流れを見せて来るに連れ、たしかにあったことなのだという妙な実感が生まれてくる。

 「すごいな。こんなに昔の話なのに、ちゃんとつながっているんだな。」

 安麻呂がため息をつくと、阿礼がちょっと笑った。

 「大切に伝えられてきたものだ。集めれば大きな物語になるのだとしてもおかしくはないよ。」

 比売田という伝承の一族に育った阿礼からすると、それは不思議な事ではないようだ。比売田の伝承にある土地を巡れば、確かに対応する物語が伝わっていそうな気はする。

 はるかな神代から、今に時間がつながっている。

 その実感は安麻呂には目新しいが、阿礼にしてみれば当たり前の感覚なのかもしれない。

 「これ、後で貸して下さいよ。写して返しますから。」

 たまに気に入ったらしい物語を、そんな風に史が借りてゆく。

 「いいけど失くすなよ。」

 一応そう答えるが、史の書物の扱いが丁寧であることは、安麻呂も認めているのだった。

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