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物思い 

 目が覚めると下腹に違和感を感じた。

 月水だ。

 予想していた事ではあったので、真礼は下仕えを他の猿女への報告に向かわせた。

 月水の終わるまでは神事に関わることはできず、静かに自室で過ごす。

 寝間着から常着に着替える。浄衣でない常着を身につけるのは月水の時しかない。髪も簡単にまとめ、真礼は化粧もしない。

 几に頬杖をついて、御簾越しに外を見る。壺庭の楓が若々しい青葉をゆらし、初夏の気配を伝えている。

 阿礼の想い人が死んだという知らせは、真礼をひどく驚かせ、慌てさせた。 

 阿礼の嘆きはそれほどに深かった。

 あれほどの慟哭。

 あれほどの悲しみ。

 あのまま阿礼が沙伎を追って泉下へ向かったとしても、なんの不思議もなかったろう。

 阿礼が今もこの現世(うつしよ)にある事が、むしろ不思議なほどだ。

 真礼は阿礼を奪われなかった事に、ほっとした。

 もしも沙伎が生きていれば、やはり阿礼は奪われただろう。

 真礼が阿礼をただ見る事さえ難しい状況で、沙伎は阿礼に寄り添い、阿礼の子を生むことになったはずだ。

 真礼は沙伎を知らない。

 名前と、語り手であるという事と、阿礼に想われていた事。

 それが真礼の知る全てだ。

 それでも沙伎は真礼を乱し、真礼を苦しめた。

 阿礼が真礼の知らない娘に心を傾ける事が、こんなにも辛い事であるということは、真礼にとってもそうなって初めてわかったことだ。

 ずっと二人なのだと思っていた。

 阿礼が声を失い、真礼が猿女となっても、ずっと二人である事に変わりはないと信じていた。

 どうしてそんな風に思い込んだのだろう。

 母の胎内から連れ添った自分たちは最初の二人で、それは変わらないけれど、お互いの伴侶というわけではない。

 宮中の奥深く、神に斎く猿女である真礼と違い、阿礼がいずれ誰かに妻問い子を得ることは、当然の営みだ。

 自分はそのことをわかっていなかった。

 妻問というのは単なる子を得るというだけの目的ですることではない。心を分け、お互いに想い合う行為であるべきだ。

 ならばどうして阿礼が変わらないはずがあろう。

 沙伎を得れば阿礼は変わる。

 阿礼が沙伎を得るように、沙伎もまた阿礼を得るのだ。

 そのことに気づいて、真礼はうろたえた。

 今、沙伎が死んだことでその日は幾分遠ざかった。それでもいつか阿礼も誰かを妻問うだろう。

 その誰かが、阿礼の心を奪い過ぎなければいい。阿礼が真礼を忘れるほどに、阿礼の心を占めなければいいと思う。

 それがどれほど身勝手な願いだとしても、真礼はそう願わずにはいられなかった。



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