大海人
太宰府の再興をどうするか。
ただでさえ国力を削がれている折にこれは中々の難題だった。
太宰府はこの国の玄関口だ。他国への示威としても捨て置くわけにはいかない。
せめて見苦しくないていどには片付けて、最低限の施設だけでも再建をいそがなければ。
白村江の大敗からまだ十六年。
一度は近江に京を遷すほどの衝撃をもたらしたあの戦から、まだそれだけしかたっていない。あの時は余勢をかって今にもこの国に外国の軍勢が攻め込んでくるのではないかという恐れを感じずにはいられなかった。
幸いにもそんなことにはならず、自分の即位に合わせて京こそ畿内に戻したが、あの危機感を忘れる事はできるものではない。
強く、どんな国にも侮られる事のないほどに強く。
大海人が目指す国の在り方も、結局はその危機感に根ざすものだ。
兄である先帝葛城は大陸の制度を導入しようと目論んだ。
自国が破れた相手の強さを、なんとか取り込もうとしているのだと大海人には思えた。
それを間違っていたとは思わない。確かにかの国は強く偉大であった。その強さは単に戦の勝ち負けだけのことではない。
軍勢だけをとっても、素早い移動にはその手段の準備がいり、優れた武装は兵の全てに与えられるのでなければならず、的確な指揮運用にはそのための制度がいる。
むしろそういう全ての集大成が、戦の勝ち負けへと収斂するのだと見るべきか。
兄が異国の制度を大きく取り入れる事でその強さを得ようとすることは、敗戦の教訓から言えば当然だった。
だが、兄は急ぎすぎた。
あるいは焦り過ぎたのかもしれない。
国を強くまとめるために、長子相続の原則を天皇の位の継承に持ち込もうとしたのだ。
天皇となるのに重要なのは、本来生まれた順ではない。大王となる皇子は、父が大王であるだけでなく、母も皇女か、せめて女王でなければならない。それがこの国の常識だ。
蘇我のような、強く御門と近い豪族の娘ならまだしも、伊賀宅子娘ごときの子である大友ではやはり無理があるというもの。
乞われて大海人の娘の十市が正妃にたちはしたものの、国をまとめるに力不足であるのは明らかだった。
大友が帝であるのなら、大海人は死ななければならない。大友よりも血筋もよく、実績もある大海人がいたのでは、国のまとまりようがないのだから。そして黙って死ねるほど大海人の命は軽くなかった。
「何を考えておいでですの?」
微かな衣擦れに被る声に顔を上げると、皇后の鸕野讚良が立っていた。
皇后と言えばつまりは天皇である自分の正后なのだが、大海人には讃良は自分の妻というよりは天皇というものの片割れというように感じられる。
自分よりも十四も年下だということが信じられないような落ち着き。
よく物事を見据える目。
理路整然とした話しぶり。
明晰な頭脳。
讚良が男であったなら、自分は天皇にはならなかったのではないか。
血筋といい、素質といい、大友皇子などとは比べ物にならない。讚良なら託された皇位を守り抜いたろうし、それ以上に大海人も挙兵しようとは思わなかったろう。讚良と大海人の娘の十市という組み合わせが、理想の天皇、皇后であったのではないかと思う。
実際には讚良は女として生まれ、自分の皇后になっているのが、巡り合わせの不思議だった。
「うん、太宰府のことはなんとかせねばと思うのだがな。」
それだけをいうと讚良はすぐに得心した表情を見せた。
「確かに難しうございますね。あの場所は大陸への要。早急に形をつけねばなりませぬが。」
ここ最近の天災続きで国庫には余裕がない。比較的余裕のあった太宰府が今回は被害の中心なのだ。
そうでなくても白村江の敗戦からさえ、まだ立ち直ったとは言えない状態で、大海人自身が起こした乱の傷跡も深い。この国はまさに満身創痍の有り様なのだ。
「少し小さくはなりましょうとも、とにかく最低限の宮を建て、おいおい格好つけてゆくくらいしかしようがないのではありませぬか。それよりも見苦しくないように片付けるのがまず肝要かと。」
結局、讚良も大海人が考えていたと同じ、無難な結論にたどりついたようだった。
「ふむ、結局そういうことにするより他なさそうだな。」
早急に再建のための官を送り、目処をつけさせることに決まった。
飛鳥も二年ごとに訪れた地震のせいでまだ幾分荒れている。即位と同時に近江から還した都はそうでなくてもにわかづくりだった。この上太宰府の再建までとなるとはたしてどうやりくりをつけたものか。
本当は、御代替わりのたびに動くようなものではない、整った大陸風の都を作りたいという気持ちが大海人にはある。
だが、即位して七年、道は遠のくばかりだ。
「まあ焦らぬ事だ。一つ一つ進むより他にあるまい。」
ため息まじりに呟くと、讚良が静かに頭を下げて賛意を示した。




