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 歌が聞こえる。

 美しい少女たちが歌っている。

 少女たちはそっくりで、どちらも驚くほど歌が上手いのだが、髪飾りをつけない方はひときわ美しく歌う。

 そこだけ別の世界のようで、安麻呂にはとうてい踏み込みことが出来ない。

 それでいて、少女たちから目をそらし、その歌に耳を塞ぐことは、もっと出来ないのだ。

 魅入られて。

 ただ歌を聞いていたくて。

 聞いているのが幸せで。

 ずっとこうしていたいと思っていた。


 目覚めた安麻呂は自分が泣いているのに気がついた。

 よく見る夢だ。

 そして

 涙が流れるのもよくあること。

 安麻呂の中の最上の記憶。

 もっとも美しいものの記憶。

 それは幾度も幾度も、安麻呂の中で再生され続ける。

 自分はどれだけ囚われているのか。

 「飲む?」

 同衾していた茜が、土器(かわらけ)に水を汲んでよこす。

 ありがたく受け取ると、安麻呂は喉を鳴らして水を飲んだ。

 「もう夜明けよ。」

 なるほど建てつけの良くない戸の隙間から、薄明かりが射している。

 安麻呂は起き上がると、脱ぎ捨てていた衣類を手早く身に着けた。少々そそけた髪を、湿らせた櫛でかきあげて冠の中に押し込む。

 「また。」

 「ええ、また。」

 短い抱擁を交わして茜の家を出た。

 安麻呂が夢を見て泣いていても、茜は一々詮索しない。それだけが理由ではなくても、長続きしている理由がその辺りにもあるのは確かだ。

 今日は地震の難を逃れて筑紫から移された譜が難波から運ばれて来ることになっている。筑紫の知人の誰かれの消息もポツポツと聞こえ、地震の詳細は少しづつわかりはじめていた。

 筑紫の太宰府は壊滅と言いたいような被害を受けたらしい。持ち出すことのできたものは、取るものもとりあえず船で難波宮に運び込まれた。

 難波宮での文書の仕分けには、実は安麻呂も参加するはずだったのだが、沙伎の里の騒動で都を離れてしまったので、代わりに一族からは高麻呂が出向いてくれている。

 運び込まれた品は相当に玉石混交であるようで、難波宮は大変な有様らしい。

 あの時、真礼からの伝言に後先考えずに飛び出した安麻呂だったが、意外にあとの苦労はなかった。どうやら真礼が四方に根回しをしてくれたらしい。

 安麻呂の父にも真礼からことわりと謝罪の使者が来たそうで、おかげで速やかに代理の高麻呂を難波に送り込むことができた。

 阿礼の方にも手当てはしてあったのか、定められた休暇を相当超過していたはずなのに、すんなりと勤務に戻っている。

 ほとんど俗世とは切れたような生活をしているはずなのに、真礼の目配りは驚くほど的確だった。

 (そういうところは双子でも阿礼の方が抜けてるよな。)

 阿礼はいい男だが、根回しとか目配りとかに長けたたちではない。

 むしろ周りがつい、阿礼のために根回しや目配りをしてしまうようなところがある。安麻呂自身もそうであるように。

 「今日も忙しくなるぞ。」

 口に出して、ぐっと背筋をのばす。

 筑紫の地震による混乱がおさまってきたぶん、太宰府壊滅の処理という実務がのしかかり始めている。

 安麻呂は気合をいれて、宮の門をくぐった。

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