人形
阿礼の部屋の片隅で、小さな折敷に座らせられた小さな人形。
あれは沙伎が遺した人形だ。
阿礼が沙伎に贈り、沙伎がとても大切にして、何枚も着替えを縫っていたという。
実際に人形の装いは折々変わる。阿礼が着替えさせているのだろう。
都に戻った頃、安麻呂は阿礼を沙伎に奪われるのではないかと恐れた。
死者が生者を一緒に連れて言ってしまうことは時々起こる 。死者が寂しがって道連れにするのだとも、生者の側が死者を手放さないせいだとも言われた。
安麻呂は決して阿礼から目を離さなかった。毎日のように訪問し、食事をさせ、寝かしつけた。食べ物ばかりか時には水までも持ち込んで、阿礼の口に押し込むようにして食事を取らせ、時には酒を飲ませて寝かしつけるのは、決して容易いことではない。
機械的に務めを果たす以外、思いつめた顔で俯いてばかりいた阿礼は、ある時から顔をあげた。そうして常に懐に忍ばせ、あるいは握りしめていた人形を部屋に飾るようになった。
そのきっかけがなんであったのか、安麻呂にはわからない。本当にある日唐突に、阿礼は俯く事をやめたのだ。
ちょこんと座った人形は阿礼の沙伎への未練そのものだ。身体から離せるようになったのはたぶん良いことなのだろう。
だが、同時に安麻呂にはその人形が、あまりに部屋に馴染んでいるようにも思える。部屋の片隅に常に座す姿は、この部屋の家刀自のようだ。なんとなくはばからねばならない気持ちにもなる。
実際に安麻呂は、人形が部屋に置かれて以来、阿礼の世話のためだけに部屋を訪れる事をやめた。
今も安麻呂が阿礼の部屋に通っている理由は、あの日書き取った阿礼の歌の清書だ。阿礼が歌うのを夢中で粗末な板に書き取ったそれは、決して読みやすい代物ではなく、所々阿礼に確かめるなければ清書できない。
安麻呂は暇を見てはそれらを清書し、糸で綴り合わせた書簡の形に直している。どこに出そうと言うわけでもない単なる道楽にも近いものだが、安麻呂は真摯に取り組んでいた。
夢中に書き取っていた時は目にとめている間もなかった一つ一つの物語も、改めて読み直せばそれぞれに面白く、これらを失うのはいかにも惜しいと思える。
もっとも阿礼は物語の書き付けを「物語の墓」と呼んで憚らない。
そう言われて見れば、弾む節回しを失い、微動だにせず並ぶ文字列は、歌の屍じみているような気もしてくる。それでも阿礼が清書に協力してくれるのは、野ざらしに朽ちさせてはしまいたくない気持ちがあるということなのだろうか。
天へ上る力を持たず、地に堕ちて行った歌。それでもそこには散り敷く花や紅葉に似た、
美しさがあった。
考えようによっては、今、安麻呂の進めている作業は、あの落ちて散り敷く美しさを写し取ろうという試みのようにも思う。ただ聞かされるしかなかった物語は、文字にすることでじっくりと読み込めるものになる。
語り手でない安麻呂にとっては、物語が近くなったように感じられたというのは、阿礼や真礼に話せば叱られるかもしれないが。
不明な部分はたずねれば教えてくれる阿礼だが、あの時のように歌うことはない。
あの歌はやはり沙伎のためのものだったのだろう。
沙伎の弔いだからこそ、あの日の阿礼は歌ったのだ。
片隅に座す家刀自のごとき人形。
それは沙伎の形代なのだと思えば、単純に阿礼を奪われなかったとは到底思えなくもなるのだった。




