弔い
沙伎の墓に向かって座り込み、虚ろに物語を歌い始めた阿礼を見て、これではいけないと安麻呂は思った。
すでに伸びてゆく力を失った阿礼の声は、死者を確かめるように物語を吐き出している。
これは殯だ。阿礼は自身を霊屋に殯を行っている。人のための殯であれば、いつかは陵が作られ殯は明けるだろう。しかし沙伎の残した物語は永遠に収まるところなく阿礼の内にあり続ける。
阿礼は永遠に殯に囚われてしまうのではないか。
それは恐ろしい予感だった。
とっさに持っていた竹簡に、阿礼の言葉を書き留めた。竹簡が足りるはずのないのはわかっていたから、通りがかった里人に、焚付の薄板をあるだけ運んでくれと頼んだ。
阿礼が霊屋だというのなら、亡骸の納めどころを作ればいい。
亡骸が墓に収まれば、殯は終わる。
そこまではっきりと考えていたわけではないけれど、安麻呂が行なったのはそういうことだ。
阿礼の言葉をとにかく書き留めてゆくうちに、安麻呂はその作業が面白くなっている自分に気づいた。
阿礼の言葉は倭文だ。それは当然文字と合わない。しかし文字の音を使って書き留める仮名でなら、倭文をそのまま書き留めることもできる。
安麻呂はひたすらに書き留めた。
大陸の史書とも政の覚書とも違う、物語。それは安麻呂が今まで読んだことないものだ。
連綿と口伝えに伝えられて来た物語は、紙の上ではすでに弾む節まわしも失っているが、整然と並ぶ姿は別の美しさではないかとも思える。
あとはただもう夢中で書き取って、気がついた時には阿礼の歌は止まり、自分も筆を止めていた。
「燃やさないのか。」
「燃やしてどうする。」
阿礼の問いに、当たり前のように答える。
姿形は変わっても、例え言の葉としての瑞々しい生命は失っているとしても、かつてあった言の葉の亡骸にすぎないのだとしても。
「清書して、誰でも読めるように調える。そうすれば物語があった事は残る。」
書き留めた物語にも美しさはある。そう気づけば無下には出来なかった。ましてこの物語はこの断片を残して失われようとしているのだ。
阿礼は少し考えて、納得したようだった。
阿礼を寝床に追い込んだ傍らで、安麻呂は自分が書き取った走り書きに目を走らせる。
ところどころわからないところがある。阿礼に教えてもらわなければ、清書はできないだろう。
ふと、阿礼を見ると、人形を握りしめたまま眠っていた。
胸に痛みが走る。
安麻呂にはそれが羨望と嫉妬の痛みであるのがわかった。
山狗に攫われ、おそらくは食い殺されたであろう娘にむける羨望。おかしいだろうか。
しかし沙伎が阿礼に忘れられることはもうないのだ。
沙伎の存在は阿礼のなかに刻み込まれた。
阿礼の中の特別な場所におさまってしまった。それがどれ程のものであるかと言う事を、阿礼の歌が物語っている。
声を失ってから決して歌わなかった阿礼が、沙伎のために歌ったのだ。
その声には確かにもう天に駆け上る力はなかった。
それでも自らを霊屋に殯を行うその声は、人の心を揺さぶる力を持っていた。
安麻呂は阿礼にとっては親しい友だ。
しかし、それでも阿礼から歌を引き出すことは出来ないだろう。それはきっと沙伎にしかなし得ないことだ。
安麻呂は沙伎が羨ましい。
そして沙伎が恨めしい。
阿礼の歌が沙伎のための殯だとわかっていても、それでもその歌を耳にして心が震えた。
もう決して美しくはない、かすれがちな阿礼の歌声。天へと駆け上がる事なく地へと落ちていった歌は、それでも安麻呂を魅了した。
きっと安麻呂はどうしようもなく阿礼に魅せられているのだ。
もしも山狗に食われることで、沙伎と同じ場所を得られるのなら、自分はそれを厭わないのではないか。
いかん、いかん。
安麻呂は頭を振った。
考えてもしようのないことを、ぐるぐると考えすぎた。
走り書きに目を戻す。
読みにくい自分の文字を追うことで、気づいてしまった自分の心の秘密から、あえて目をそらした。
次からは第2章にはいります




