大祓
朗々と歌い上げる、歌い上げる、歌い上げる。
神々のなしたること。
天より下り来る道筋。
そして
天孫の血をひく代々の御門。
天にいます神々に、その子孫の祈りを届けるために、地上を目に留めてほしいが為に。
歌う、歌う、歌う。
やがて全ての祈りは歌へ溶け、無心にただ歌い続ける。
真礼の歌はどこまでも、高く高く上ってゆく。
続く天変は帝徳を問われるだけではない。捧げる祈りもまた問われる。
猿女も、陰陽師も、僧も、
その意味では変わらない。
御門の豪腕ゆえに何とか収まっているとは言っても、都を襲った二度の地震に、定まらない天候。当然の不作。
続く天災に不作となれば帝徳の問われる事態だ。御門は状況を重く見て、全国での大祓の儀を命じた。
倉梯川の川上に斎宮を建て、四月七日ついに大祓のための行幸というその朝、皇女の逝去があった。
十市皇女。
御門のかつての寵姫、額田女王が生み参らせた皇女であり、御門が壬申の乱で倒した大友皇子の后であった皇女だ。
死の穢れにあっては神祀りのための行幸は控えざるを得ない。
そして続く四月十三日。
新築の斎宮に落雷があり、大々的に天神地祇を祀ろうとした大祓は、ついに挙行される事なく終わった。
続く変事、凶事に誰の心にも恐れが忍びこんでくる。
御門がその即位を認めない先の御門の皇子。実質は短いながらも帝位を踏んでいた大王。
その大后である今上の皇女が、よりにもよって大祓の朝に変死した事実は、人々に「先帝」の祟りを思わせずにはいられない。
まして新築の斎宮の落雷消失に至っては、神々が御門の祀りを拒絶なさったのだと噂されることは避けようがなかった。
ただ、これは必ずしも猿女にとって悪いことではないと真礼には思える。
ここ数代の御門は誰も、大陸の祀りの形を取り入れようとしてきた。その祀りが神々に拒絶されたのは、昔ながらの祀りをこそ、神々が欲しておられるのではないかと思えるからだ。
だから真礼は歌う。
神々を喜ばせ、その偉業を称える物語を。
人が神を受け継ぐものであるその証を。
物語を遥かに受け継ぐ者の誇りをもって




