醜悪なる根
「…テメェ…堕ちたな。悪魔を呼び込むたァ…余程劣等感に塗れていた……って、錆びた刀の時点でその素質はあったか。だったら油断した俺が…悪いッ!」
「………嬉しいじゃねぇか…誘いに乗ってくれるなんてッ!」
錆びた刀を腹に受けていた竜二。刀を動かされて傷口が広がっても悲鳴ひとつあげず、軽く吐血しただけだ。そこから、再度史人の腹にドスを刺し込む。
「うるせぇイカレ野郎。俺が好きなのは刺すだけだ。刺し合いなんてやってやらねぇよ!」
両者の得物が互いの腹部に刺さり、神経を陵辱するように刃をグルグルと動かし合う。水気の多いグチャグチャという音が互いの腹部から鳴り響きながら、痛みで脂汗を流し血管を浮かせ互いに睨み合う。
「哀れだなッ…悪魔に誑かされて…精神が汚染されている…ことにも気が付かない!行く先はただの狂人だ!特に頭のイカれたな!」
力ずくで史人を押し込み、体勢が崩れた所で肩を蹴りその反動で互いの刃がズルリと抜けた。
「…………狂人……」
うわ言のように史人が呟く。頭にモヤがかかったような状態でも鮮明に思い出せた、武器魔術師としての最初の戦闘。あれは正しく狂人で悪魔堕ちの基本的な例なのだろう。悪魔に魂を売った末路があれである、よい教科書。
「………だから?」
「なに?」
才無き身で、力不足の己は、何も為せはしない。守りたいものも何も全て失うかもしれない。いや……違うな。これは建前だ。本音はもっと醜悪だ。天才である美紗希や相馬がいればもとより戦う必要すら無い、弱者は大人しく隅に引っ込んでいればいい。
そんなのは――嫌だ。絶対に許容できない。贖罪に生きる?違うだろ?お前はなんだかんだ、輝ける場所を見つけかけた。だから、その場所を奪われるのが許せない。
「嫌だ、嫌だ。奪われたくない。せっかく…いや。別に…たいした問題じゃない」
「……情緒が安定してねぇな。悪魔の口車に乗るからだ馬鹿が」」
口汚く罵りながらも。注意深くこちらを観察する竜二。流石歴戦の魔術師、悪魔堕ちと戦うのは初めてでは無いようだ。
悪魔を呼び寄せたのは、ただの自己犠牲の贖罪の心……では無い。輝ける場所でもっと輝く為に、輝ける自分を保持する為の、完全に自己中心的な根本的欲求が呼び寄せたのだ。
いつもは直視できないほど醜い本音。それは、あの哀れな狂人になってしまう末路すら受け入れてしまうほど、悪魔と仮契約した今は肥大化していた。
「……史人!!もういい!僕が変わる!」
「お兄ちゃんっ!き、傷が!ち、血が!」
「――ッチィ!めんどくせぇ!」
痛みを感じさせない動きではあるが、傷は致命的レベルである。出血量も凄まじく、何故立っているか不思議なくらいだ。虚ろな目は身を案じる二人を見据え、静かに呟く。
「…邪魔するんじゃねぇ」
竜二に斬りかかる相馬の剣を受け止める史人。そして、凄まじい膂力で横に薙ぎ払い相馬を吹き飛ばす。いつもの史人が出せる膂力では無い。明らかに何らかの力が関与しているのがわかった。
「お、お兄ちゃん…?」
「………また…お前は…俺から…俺に…劣等感を植え付けるか」
「ち、違っ!私は、ただ!」
漏れ出ていく抑えていた本音の数々。笑ってしまう、素直になった瞬間に現れた己はこれほどまでに見るに堪えない存在だったか。八つ当たり、八つ当たり、建前の奥に隠された己は酷い悪臭を放つ腐りきった…いや違う。根まで錆びついた鉄屑。
「ハッ…ハッハッ!お前!屑だなぁ!それで馬鹿で、身の程も知らないと来たら救えねぇ!ここで殺されるか!悪魔に魂を吸われて…終わりだァッ!」
「ここで殺される?誰が?あぁ…お前か」
「ほざけッ!」
竜二の刀は鈍い銀色の光を放っている。光の下では無く、闇の中でしぶとく輝やき続ける色だ。武器魔術師として、顕現した武器がこれということは史人より遥かに澄んだ心をしていたのだろう。
対して、錆びた刀は醜く、斬れ味など皆無に近い。光など反射するはずなく、闇すら吸い込む赤錆まみれだ。史人のもっとも穢れた部分をよく表した武器である。だからこそ。
「なっ!」
「脆いなぁ…玩具か?それは」
だからこそ、悪魔が住み着いた。その性質上、醜悪であればあるほど…硬く、鋭く、強くなる。悪魔の力と史人の能力は酷く相性が良いのだ。
そして、時間が経つ度に侵食度が上がっていく。
「ハハハハハハッ!!コツが分かってきたぜぇ!コイツの能力悪魔にとって最高に使いやすいナァ!」
「グハッ!」
右手に持っていた刀を竜二に投げ、胸を貫き。更に両手に錆びた刀を顕現させる。その刀は傍目から見ても分かるほど禍々しい気配に満ちたもの。
「ほら、上手く避けないとすぐ死んじゃうゾォ!」
「こっ、のぉ!」
竜二が不完全だが、もう一本の刀を顕現させ攻撃を防ごうとするが。大上段からの両刀による飛び斬りによって一瞬で砕け散る。
「ほらほらほらほらほらホラァッ!」
両肩口からクロスするように斬り抜かれ、逆手に持ち替えた刀を両脇腹に刺し込まれる。
「グガッァァ!」
「三本刺し完成ッ!百本目指して、四!五!六!」
「がっ!や、ァァァ!グァァァア!」
フラフラと下がった後に膝を着いてかしずく竜二の背中に、新しく顕現させた錆びた刀を何本も刺していく。何本も何本も、悲鳴が無くなり、声を発しなくなり、血が出なくなり、もはや刺すところがなくなるほどに隙間なく刀を突き刺し続ける。
「ぐっちゃぐちゃ。ここまで来たらただの肉片だなァ!よっし、これで最後、ハリネズミじゃなくて針人間の完成ェ」
「ふ、史人?史人なのか…本当に」
史人に吹き飛ばされた傷口を抑え、足を引きずりながら史人に近づく。
「本当にってなんだよ?史人に偽物がいるとでも?誰が得するんだよ、こんな屑の真似して。お前もそう思ってんだろ?相馬ァ」
「…………いや。違う。君は史人じゃないね。……史人を何処にやった…」
輝く剣を顕現させ、史人に…いや史人の姿をしたナニカに突きつける。
「…そう…よね。お兄ちゃんが…そんなこと…思うわけ無いもの…偽物よ、偽物!お兄ちゃんから出ていって!」
「ヒャハハハハハハッ!お前らこの男の何を見てきたんだ?余程薄っぺらい関係だったんだな!まぁいい。教えてやるよ…オレは史人じゃねぇ。だが、史人でもある。俺の口から出るのは紛れもないコイツの本音ダ」
「…戯れ言を…出ていけ。今すぐ」
「嫌だね。何より俺が望んでない。俺と一緒に堕ちる所まで堕ちるとよ、その代わりのこの力ダ」
「…そうか、わかった。ならば打ち倒してッ!?」
「次の針人間候補はお前か!いいネェ!」
輝く剣はいつの間にか右手に握られていた錆びた刀により絡め取られ、がら空きの心臓に左手に持った刀を突き出す。
「…鉄壁の壁よ!」
「……ッチ…めちゃくちゃな詠唱のくせにヨォ」
「お兄ちゃんから…出ていけ」
「俺を呼び寄せた元凶のような奴がよく言うぜ?」
「わ、私が元凶…?」
「耳を貸すな。あいつは揺さぶりをかけているだけだ。まだ待ち合う…かもしれない。史人を…いや、ナニカを倒すのに協力してくれ!」
「……一時的な共闘でしょ?問題ないわ」
パリパリと氷の軋む音を周囲に出しながら、史人に向き直る。相馬も目を閉じ再度輝く剣を権限、それも更に輝きは増している。
「………お前らは…馬鹿だなァ。俺は史人であって史人では無いから、客観的にそこの女を見れる。いや、同類だから惹かれたのか。キヒヒッ!アァ…愚かしい」
「またけったいな場所でやりあってるやないか。呼ばれて参上、北上や。ナイスタイミングやろ?」
「……鮎川…」
「お前は…お前はどこまでお兄ちゃんを!」
カタカタと震えながらスマホを大事そうに抱く鮎川は2人の視線に目をそらし、俯いた。
「……さて、相馬くん。いったいどういう状況か教えてもらおか」
押し売りからの乗っ取り、更に家の中の物を暴くとかもう最悪ですね。




